「ねえ、月がみえるわ」


 君が、空を指さす。


「ほら」


 印象派の画家が引いた筆致ストロークのような雲が浮かぶ真昼の空に、白亜のまるい月が、たしかにみえる。


「ああ」

「それだけなの?」

「ああ、それだけだ」


 味気ない感想が不満だったのか、それとも、興味を示さなかった罰なのか──君はそれから、なにも喋らなくなり、スカートの裾をつかむと、踊るように波をよけて歩いた。


 少し先をゆく君の背中では、麦わら帽子からのびる長い髪が、潮風と日射しをうけて綺麗に流れる。


「ねえ、あのさ──」


 こちらを振り向かずに波を器用によけながら、そのまま君は言葉を続ける。


「好きだって、告白されちゃった」


 不意に強くなった潮風が、君の長い髪と僕の心を激しく揺らした。


「そうか」

「それだけなの?」

「ああ」


 風向きが急に変わり、飛ばされそうになった麦わら帽子を、君は両手でしっかりと押さえる。


「……そうなんだ」


 それから最後に君がなんて言ったのか、うまく聞きとれない距離にまで背中はもう遠くなっていた。


 よけるのをやめた君の足に、何度も白い波が、とめどなく打ちつけられていく。

 打ちつける波を吸って、スカートの裾がずいぶんと濡れていた。




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