第2話 さよならオンプレ!~転職OLがフルスタックエンジニアに成るまで~(光降り注ぐ舞台で~OL、辞めます)

 大阪駅近くの高層ビル街。交通至便のここは、毎日のようにビジネスパーソンに向けてセミナーや講演会が開催される。


 ブリルゼルビルタワービル。このビルの低階層フロアにあるメインホールは、かつてすべてのテーブルと椅子を並べると500人規模のイベントが行われていたが、2020年初頭から世界的に流行した新型コロナウイルスの感染拡大をさけるため、6割ほどのそれらは前倒し償却された。


 そのせいかどうか……窓からの陽光は、ホール全体を白くライトアップしているようにも見える。


「お待たせ」

「おう、……ほっほー」

 アップにした髪が気になって、須田君をかなり待たせてしまったものの、かれはかっこよく着こなしたカジュアルスーツの袖をまくりながら誉めてくる。

「今日の永村、かわいい」

「、は、はあっ?!」

 冗談やめてよね、と合いの手を打とうとしたけど、これ以上派手に動いたらまたセットが崩れてしまう。立ち直して、胸をはった。

「あ、ありがとう。……そしたら、行こうか」

「おう」

 わたしたちは、みんなの待つメインホールの舞台側の扉に向かう。

 一般入り口のサイネージは、繰り返しわたしと須田君の名前を表示していた。

「クラウドスペシャルイベント2025基調公演」の文字と、交互に……。





 人生ってなんだっけ、とかそういうこともたまには考える平凡なOLの私でさえ、あの地震のときは、ぐらりと、このままでいいんだろうか? 私、何か、社会の役に立っているのかな? そう思った。



 就職して五年ほど過ぎて、後輩もいるし、決算の月はさすがに忙しいけれど、事務仕事はつらくなかったし、不満もなかった。こつこつ貯金もして、年に一度台湾に美味しいものを食べに行ってたし。


 2011年の3月のあの日、ビルのブラインドが変な揺れかたをした。誰か窓を開けていたとしてもおかしな音がして、それはあとで、東日本大震災の大きな揺れが、関西の大阪の小さなビルの四階まで届いていたと知って怖くなった。

 1月17日のことも、もちろん衝撃的で、奈良の小さな町でさえものすごく縦に揺れたから、あれから部屋の戸を開けていないと寝られなくなってしまった。



 一身上の都合で。

 よほどのことがないかぎり、退職願いの理由はそう書くものらしい。


 今思えばもう少し計画的に、円満退職してもよかったかなと振り返るけど。あのタイミングでなければ、ここまでの出会いとかもなかったと想像するけど。


 私は会社を辞めてから、知り合いの紹介で、東北のボランティア活動にしばらく向き合った。


 人手として協力しながら、この先、どんなことを仕事にすれば、人の役にたてるか、なんて大それたことを考えていた。



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