第7章 星降る夜 3

「おっと、もうこんな時間」

 十七個目の、逆さ吊りの猿についての話が終わった頃、サンは小窓から見えた空を見て、しまったという顔をした。

「来て、見せたい物があるんだ」

 言うなりサンは、急いで入ってきた木扉の方とは逆にあるただの穴へと駆けこんだ。

「あっ、待って!」

 シーは不気味な猿をそーっと置いて、その後を追っかける。

 と、穴に足を踏み入れたとたん、シーはころんで倒れた。なぜか地面が傾いてて、そのまま滑り落ちてしまった。

「きゃー」

「うわっ」

 どしんと、サンとシーは下に不時着した。

「ごっ、ごめんっ!」

 シーは急いでサンの体の上からどく。サンは床にふしたまま、動かない。

「サン?」

 返事がないことに不安を覚えて、そっとサンの頬にふれる。

「くくっ。ははははは」

 笑い声がする。頬がひくっとひきつっている。

(笑ってる!?)

 サンは地面に向かって笑い、仰向けになってまた笑いだす。何がおもしろいのか、サンは大爆笑だ。

(よく笑う人だな) 

 その印象が、初めて会った時とは全然ちがうことにふと気づいた。それにシーは、自分まで驚かされた気がした。

 サンがあまりに笑うせいで、つられてシーも結局笑っていた。その時、サンが急に顔を青ざめた。

「ど、どうしたの?」

 それがちょうどシーと顔を見合わせ笑っていたタイミングだったので、焦る。

「シーの顔見て思いだした。俺、シーに見せたいものがあるんだった」

 サンも焦っていた。笑いすぎたのか、ふらついた足取りで立ちあがると、シーの前へ進みでる。

 シーはようやく、この空間をはっきりと認識する。

 長いろうそくの上で炎がゆらゆら揺れている。そのわずかな光でシーは部屋の全体像を確認する。机がただ一つ。その上に一枚の紙と鉛筆、燭台。そして、大部屋のほとんどを占めているのが布に覆い隠された巨大な何かだった。影が濃いのもあいまって、不気味ものに見える。

「何、見せたいものって?」

 シーはそれにゆっくりとちかよる。

「これだ」

 小さく、強く、希望に満ちあふれた声色で言いはなち、サンは布をぬぎはがした。はためいて、そして現れる。

 船だ。

 帆船が二つ。その間は床でつなげられ、その上に小屋や骨組みが乗っかかっている。五人ほどはゆうに乗れる、やわらかな色をした木でできた若々しい船だった。

「すごい。きれい」

 シーはそれへと近づき、船体のなめらかな曲線をなぞった。

「そうだろ」

サンは口の端を満足げにあげる。

「この船、サンが作ってるの?」

「ああ。小さい頃から構想して、二年前に作り始めたんだ。少しずつ手を加えてるから、完成はまだまだ遠い。待って、設計図見せるよ」

 サンは机の上から紙をひっぱりだし、船の手前で大きく掲げる。

 それは、緻密に計算され描かれた図面だった。細い線、細かな文字、きれいな線。それだけで、サンがこの船にかける熱量が見てとれた。

 シーの目の前で、完成した姿の船が動きだした。海の上を快走し、荒波をも豪快にのりあげていく。

「かっこいい」

 熱い感情に揺さぶられ、シーはそう呟いていた。

「かっこいいよな」

 サンも言う。拳をぎゅっと握りしめ、感激したように。

「名前は……まだないの?」

 目を落とすと、設計図の紙の端に空白があった。

「完成したら、決めようと思ってる。ほら、よく言うだろ。赤ん坊が産まれたとき、急に合った名前が頭にぴんと来るんだって。俺はこいつの完成を見て、びびっと名付けるんだ」

 サンは船体を叩き、にひっと笑う。この薄暗い中でも光を放つその笑顔。この前はサンと口論してしまったけど、きつい言葉を言われたけど、やっぱりサンの笑顔は太陽だった。

「完成したら、私も見たいな。乗ってみたいな、サンの作った船」

 シーの言葉に、サンは驚いたように言った。

「ほんとか! じゃあ乗ってくれよ、俺の船。最高にいい船を作るんだ。父さんみたいな」

「サンは、お父さんのこと好き?」

 憧れるようなその表情に、シーは聞いてみた。

 サンは強くうなずく。

「かっこいいんだ。俺の父さんは。強くて、正義を貫く。そして、仲間を思いやる」

「族長だったんでしょ。サンのお父さん」

「世界で一番のな。それに比べて、俺はまだまだ、全然さ。父さんには叶わない」

 サンは歯がゆそうにうつむいた。

「でもな、父さんの背中、追いかけたいんだ。もういないけど」

 サンは真っ直ぐ前を向く。名のない未熟な船の方へと。

「いつか、いつか俺は、世界をこの船でわたりたい。父さんはそれを一人で成し遂げたただ一人の人なんだ。たくさんの物を見て、聞いて。それをみんなに、俺に話してくれた。勇気がもらえたんだ。だから、強くなれた。父さんの見た世界を、広い広い世界を、俺も見たい。それが夢なんだ」

 サンの目は、太陽のように目映く輝いている。シーは少し羨ましくて、その姿に目を細め、ほほえんだ。

「サンならできるよ。応援してる」

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