第6章 再会 2

「うーん、おいしい」

 シーは至福の一時にひたる。おわんの中のスープがとろとろしている。ワカメと魚の切り身が入ってて、それをすくって、一口ずつ口にふくむ。

 カイは素朴な味と言って謙遜するが、その素朴な味が一番おちつく。それに、味付けが毎回絶妙で、シーの好みの味だったりする。

「うん。うまい」

 サンも、もぐもぐと言う。

「よかったです。君は、海の上でほぼ生活してるだろ。こうして料理することは少ないか」

 カイはシーにほほえんだ後、サンに向けて聞く。

「いや、生活は海と陸、半々かな。でも、料理するのはめんどくさくて、生で魚食ってる」

 サンは焼き魚を口にばりばりほおりこみ、答えた。その後つけ加える。

「俺、サン」

「ふむ。太陽か、いい名前だ。俺はカイ」

 カイも名乗る。

「仲いいね、二人とも。お互いのこと、知ってそうだし」

 シーは置いてけぼりにさせられた気分で二人に言うと、サンはぷっと魚を喉に詰まらせ、カイが申し訳なさそうに話した。

「すいません。俺と彼の族は、昔から仲がよかったものですから。ついつい旧友に久しぶりに会った思いで接してしまって」

「サンはどこ出身?」

サンの容姿は見たことがなく、不思議な思いでたずねる。

「俺はルラー・ガトだ。最後の一人さ」

 サンはスピンに向けて、海に小魚を放りながら言う。スピンは上手に口でキャッチし、そのままごくりと飲みこむ。

「ルラー・ガト。……あなた、ルラー・ガトなの?」

 シーはまじまじとサンをみた。

 紅い目に、紅い髪。明らかにこのシャルリーの人間ではない。確かに赤は、ルラー・ガトの特徴とされる色だが、サンの髪と瞳はまるで太陽で、血の色とは全く違うと思いこんでいた。だけど、まさか……。サンがルラー・ガトで、そのルラー・ガトがまだ生きているなんて。

ルラー・ガトは、過去にシャルリー国を裏切った民族だ。非常に残虐で、野蛮な族だという。昔はこちらが交友的に接していたというが、傲慢なルラー・ガトはそれに応じなかった。そして、五十年前、ポセイドン王の時代にシャルリー国をのっとろうと戦いをしかけた。何十人かのディリ族、シャルリー人を無理矢理従わせ、多くのシャルリー人を殺したが、時の王、ポセイドンがルラー・ガトに勝利した。結果、ポセイドン王は英雄として後世にまでたたえられ、ルラー・ガトは姿を消した。

 シーが食べるのを忘れて考えこんでいる間に、サンはぱくぱくと食べ物に手を出している。カイがシーの分を確保しようと、カキをよそいはじめた。

 シーの視線を受けて、サンがこちらを向いた。その視線からついと、目をそらしたのはシーだった。カイに視線を逃がす。

「どういうこと?」

 カイは逡巡して、口を開きかける。

「その前に、名前くらい教えろよ」

 サンが言った。膝に頬杖をつき、シーに目を据えている。声色からも、どこか不機嫌で、でも物好な姿勢が伝わってくる。

「……シーよ。リャオト家とシャルリー王族の血を引いてるの」

彼がルラー・ガトとはまだ信じられないまま、名を告げる。

「だからシー、海。そっか、じゃあ俺と反対だ」

「反対?」

 シーが首をかしげると、サンは大きくうなずく。

「ああ、太陽は海の上にある。海は太陽の下にある」

 サンは太陽を指さし、次に海に指をおろす。最後に、手を大きく広げた。

「つまり俺たちは、真逆にあって、世界のすべてを占めている。な、おもしろい偶然だよな」

 サンは屈託のない笑顔で笑った。それで心が少しほだされた。彼に対する緊張は消えていくみたいだった。

「そうね」

シーもくすくす笑った。運命的な名前とか、反対がどうのこうのとか、ではない。サンの大きな態度がおもしろかっただけだ。

 カイはにこやかに二人の会話を見守っている。

すると、サンはシーとカイ、二人を交互に見る。

「じゃあ、二人はどういう関係なんだ? カイは……ディリの長だよな」

「わかるんだな。この首飾り」

 カイは少し驚き、胸の所でゆれるそれにふれる。三叉にわかれた銛の形をした黒いものが、ひもにくくられている。

「ああ、俺も持ってるよ。ルラー・ガトに受け継がれる神様の贈り物」

「何それ? ルラー・ガトの神様の贈り物は聞いたことない」

これだ、とサンが腕をシーの眼前にかかげる。

「わあー、きれいね。とても澄みきってる」

 腕輪は細くて、きれいな弧を描いている。驚いたのが、それが完全な透明であったことだ。サンの腕が腕輪を通して奥に見える。そういう技術は遠い国がもっていると聞く。今のシャルリーにはないから珍しい。

「夜ならもっときれいなんだけどな」

 ぼそっとサンが呟く。

「え?」

シーが不思議に思って聞きかえす前に、サンが話をきりだす。

「で、二人は主と従者ってわけ?」

「うん。でもその前に、家族よ。兄と妹の仲。そうよね、カイ」

「ええ」とカイもうなずく。

「へえー」

 鋭かった目が驚きへとかわるのを、シーは目撃した。

(この人が、ルラー・ガトなの? 歴史では、血も涙もない攻撃的な野蛮人だ、といわれているのに)

 シーはカキを口に運びながら、うーんと考える。

 サンのことを悪い人にはとても思えない。優しくシーのことを助けてくれて、突飛なことをいいだして、笑顔が太陽みたいな人だ。

 彼の背後には闇がひそんでいる気がする。でもそれは、与えられた闇だ。誰かにやる闇ではない。傷ついて、抱えこんで、また傷ついて……。そうしてできていった闇。

なぜそこに闇があると確信できるのか、そう問われてもわからない。とにかく見えた、そこに闇が。

(もしかしたら、ルラー・ガト全体が悪い人じゃないのかも。歴史が脚色されてしまっただけで)

「何みてんだ?」

 気がつくと、不思議そうな顔をしたサンがシーの顔をのぞきこんでいた。

「へっ?」

 間近にサンの顔があって、思わず変な声がでてしまう。

「へっ? じゃねえよ。説明してくれよ、シャルリーの運命ってやつを」

「ええっーと……」

 シーは急いでカイに視線で助けを求める。が、

「カイがいない」

 呆けた声をシーがだすと、サンがあきれる。

「あそこにいるだろ。ほら、船のほう」

 ボートに調理器具を積みこんでいた。おわんやスプーンやらも既に回収ずみだ。いったいいつの間に……?

 サンが獲物を追いつめるように近づく。

「で、シャルリーの運命って―」

「―ああっ!!」

シーは大声で立ちあがった。

「ど、どうした?!」

サンがその声にびびった。

「お日様が、西にかたむいてる。ナギサに怒られる」

 シーは真っ青な顔でくずれこむ。しかし、次の瞬間には勢いよくまた立ち上がる。そして舟の方に一気に走りだした。

「おい、待てよ! 話が終わってないぞー」

 サンの声が追っかけてくる。

「カイー、今すぐ帰らなきゃ」

 カイはかけよってくるシーに手をあげ、ボートを浜辺から押しだす。シーも一緒に押し、その上に乗った。カイも後に続く。

「超特急で帰って、カイ」

「了解です、姫さま」

カイは律儀に船をこぎだす。

「おーい」

 そこへようやくサンが追いついた。スピンと一緒に泳ぎながら。

「シー、話は終わってない」

 くるなり文句をいうサン。カイの剛腕が生みだすスピードに、必死でついてきている。

「わーい。追いかけっこ!」

スピンは楽しそうにしぶきをあげている。

「わかった。また会える?」

「海に来てくれ。そしたらいつでも会える」

「ほんと! じゃあ1週間後、島の裏側で待ってる」

「おう!」

サンが勢いよく返事をすると同時に、波が振りかぶり彼の姿が消えた。

「サン!」

遠ざかっていく波に目をこらすと、大きく手をふる彼の姿が見えた。

「いい少年ですね」

カイが櫂をこぎながらいった。

「うん」

 シーはうなずき、遠ざかっていく二つの背中を見送った。

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