海と太陽の物語

春冬 街

第1章 夢



 真珠の玉がのぼってゆく。

 あまたの純白な光を灯すあわ。それらは、ふるふると青の中で震えながら、もう一つの青へと目指す。さながら、海面へと上昇する透明な小さき魚たちのように。

(きれい)

 シーは吐きだした息を海の中、あおむけになって見上げた。

 そして大きく手を広げて、海に身をゆだねる。母なる海に抱かれるように、体をまとう水はシーをやさしく包みこんでゆく。

 真上で銀の魚が大群をなし、すぐそばを大きな影が突っきる。サンゴが海底を覆い、海藻が波に揺られ、小さな海の生き物があちこちで、こまかに動く。そのどれもが色とりどりだ。

海面からのまばゆい光が、さんさんと海中にゆらぎゆらめき、魚たちの姿をあらわにする。

 シーの体が、海の色にすきとおってゆく。

あっ。波が変わった。

 体がゆっくりと流されてゆく。海の優しい手によって。

シーは波にのり、手を優しくかき、宙を舞うように軽やかに泳ぐ。

 自然と笑みがこぼれた。

海の水はあらい流す。不安、苦しみ、寂しささえ。

どこまでも行く。この果てない海を。

イルカたちと宙返りして共に泳いだり、きれいな貝を探して砂の底すれすれに足を動かす。

時の流れは、この海の壮大さでは曖昧すぎた。

しだいに岩が重なった地帯が見えてきた。

 岩陰に潜む影の冷たい視線を背の肌で感じながら、ふっきって海藻の草むらへとつっこむ。魚がパッと散るように逃げていった。

 肌をさするその感触は気持ちよく、顔のこしょぐったさが不思議と心地良い。

 魚たちをあっと驚かしながら草むらをぬけるとそこは、多くの魚の群れの中央で、ひと筋の光が射しこむ、海の広場だった。

まっすぐなその光に誘いこまれ、光の柱をたどるように一直線に地上を目指す。

 だーっと海を走る、青く光を照りかえす魚たちと。

感情がはちきれ、あふれでていきそうだ。体の隅々まで駆け巡っていく。何か、強い抑えきれない感情が。

(もうちょっと)

手をのばせばもう海の上だ。めいっぱい水をけった。

「ごほっ」

 高波が覆いかぶさってきた。水がどばっと体の中にあふれだす。

急激に荒れ狂う波によって、体が海へと押しこまれる。

 助けて。

 必死に手をのばした。でもとどかない。地上の光が遠ざかってゆく。

闇にのまれた。その刹那、水に溶けこむようにして青いカメが見えた。そして視界が閉ざされる。

何も見えない。何も聞こえない。何もつかめない。

(いやだ。いやだいやだ!)

 喉が締めつけられる。

 もがき、水を蹴りつける。

 体が空気を求める。恐怖がシーをさらに混乱させる。

(母さま!)

 海が恐ろしくなった。

 そんなこと考えてはいけないのに。

 海は私たちの味方なのに。

 でも……。

暗闇の中、ほの光る地上を見上げる。

 シーの世界は海にのまれていた。

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