06 父の安否

 「ノアの街へようこそ」


 ノアの街の街門にはNPCの門番が立っていた。ハンティングギルドの場所を聞いてみると、型通りの案内をしてくれる。


 なんか不思議。


 こんな状況になってもNPCが存在していて、まるでここがゲームの中のような働きをしている。


 いかにも作りものめいた、判で押したような反応。そういうのを目の当たりにすると、今となっては違和感を覚えるばかりだ。だってパッと見にはプレイヤーと変わらないから。街中にもNPCが何人もいた。プレイヤーらしき姿はチラホラ。



《ノア・ハンティングギルド》


 ギルド内に入ると、そこには掲示板で見た通り、大勢のプレイヤーの姿があった。

 ホールの壁の前に人だかりができていたので、何かと思って覗いてみたら、


[メッセージボード]


 壁にB4サイズくらいのタッチパネルモニターが3面嵌め込まれていて、そこでハンター名の登録や検索、メッセージの作成ができるとある。すぐ横の壁に「安否確認優先」と張り紙がしてあった。


 早速、俺も列のひとつに並んでみる。しばらく待って順番が回って来たので、父の名前で検索を試みた。


高瀬たかせ かおる


 まずは本名を漢字で入力。


 ……おっ、一発でヒットした!


《登録場所:「クウォント」》


 クウォント? ここノアの街もそうだけど、また聞いたことがない街の名前が出てきた。いったいこの街は、どこにあるんだ?


 登録場所の下の欄を見ると、父からのメッセージが残されている。


《メッセージ:探し人 「高瀬 すばる」。俺は元気だ。無事なら連絡をくれ。この街で連絡を待つ。》


 ……ははっ。この文面はいかにも父さんらしいや。色気がないというか、用件だけが羅列してある無駄のない文面。でもよかった。無事だったんだ。


 とりあえず返信をしておこう。


《返信:昴です。ノアの街に着きました。俺も元気です。必ず会いに行くので、そこで待っていて下さい。》


 これでよしっと。


 念のため、俺自身の安否情報とメッセージも、本名で検索できるようにキーワードを入れて登録しておいた。


 父以外の知り合いや友人がいないかも、思いつく限り検索してみたが、残念ながら「該当なし」ばかりで誰も見つからなかった。


 検索の仕方が下手なのかもしれないが、俺も今日になってやっと街に辿り着いたことを考えれば、出現場所によっては、まだ街に来れていない人もいるはずだ。


 だから、その内また調べに来ることに決めて、一旦検索を終えた。


 *


 ギルドの資料室で地図をチェックして「クウォント」の街への行き方を確認してみる。すると、予想外の状況が分かった。


 ……これは困ったな。


 地図が記憶にあるゲームMAPとは異なっている。つまり、従来のトレハンMAPが、全くあてにならない。


 掲示板で「MAP検証・考察スレ」が立っていたので覗いてみると、


 ・街の位置関係が本来のゲームMAPとは異なっている。


 ・このノアの街のように、β版にしか存在しなかった街が現れている。


 ・ここより南西にあるオルレインやウォルタールの街の周辺では、現実リアルの茨城県の地形がかなり残されている。特に河川や沼、湖などの水場がそうで、丘陵地などの起伏もリアルそのままの場所がある。


 ・地形は残されていても、景色がそっくりそのままというわけではなく、表面にゲームMAPを貼り付けたような形に変化していることが多い。


 ・人工物は、パワースポット周辺を除いて、全てきれいに消去されており、現実世界の痕跡は見つからない。


 ・ダンジョンの周辺やイベントエリアは、ことさらその傾向が強く、地形も含めてゲームMAPに丸ごと入れ替わっている。


 ゲームの街が現れた場所に規則性があるとすれば、トレハンMAPと現実MAPで、似通った地形の場所に街が配置されたのではないか——という考察があった。


 湖の街なら湖畔、山裾の街なら山麓、といった具合に。


 不幸中の幸いだったのは、ハンティングギルドの機能が部分的に生きていたことだ。


 ここのようなβ版の街にもその機能は共有されていて、「メッセージボード」を使用した安否情報のやり取りや、各街間の連絡が可能となっている。


 MAPに関してその他に重要なポイントは、


 ・全面的に書き換えられてしまったエリアは、未踏破扱いになっている。


 ・未踏破MAPは、改めて探索をすれば新MAPに追加表示される。


 ・現実の地形が残っている場所では、ランドマーク的な大きな河川や山地は、予め新MAP表示されていることが多い(全てではない)。


 今把握できているのは、ここまでだ。


 それにしても、検証してくれる人がいてくれてよかった。こういった情報がなければ、これから移動する目処が立たなかったところだ。


 さて。ここまで分かったら出発も近い。移動する前にアイテムの補充をしなければ。


 ◇


 情報によると、「クウォント」の街は茨城北部、福島との県境に近い内陸部に位置していた。恐らく、先ほど出会った北へ行くという2人組の目的地もここだろう。


「花園神社」という現実世界のランドマークの、やや北にある小さな街らしい。


 そこへ行くには、俺が最初に現れた場所から、直線距離であれば徒歩1日くらいかかる距離にあるようだ。でも実際に向かうとなると、海岸線を北上して「クウォント」の近くを通る川を探し、河口から遡上して辿って行くルートになるから、もっと時間がかかると思う。


 それでも何事もなく進めば、単純計算では4日くらいの日程で着く計算になる。ただ、あの2人組も知らなかったように、道中でどんなモンスターと遭遇するかが分からない。


 やっぱり、回復薬は多めに欲しいな。あと、飲み物や食材も余分に準備しておきたい。


 ……稼がなきゃ。


 ゲームをプレイしていた時、最後にトレハンにログインした際に、初心者装備から革装備に装備を更新したから、現在は手持ちの金が少なくなっていた。ちなみに、トレハンの通貨単位はY(イェール)だ。1Y=1円(¥)と、感覚的に分かりやすい。


 すぐにでも旅立ちたかったが、仮想世界とはいえ、ここはゲームではなくて既にリアルなわけで。


 準備を怠って後悔するのは嫌なので、出発前に街の周辺で狩りをすることにした。父さんが安全地帯である街にいるのが分かったから、多少時間にゆとりがある。ここは道中の準備を万全にしてから向かいたい。


 でも今現在、アイテム価格が高騰しているので、十分量を稼ぐには、かなり頑張る必要があった。


 買い取りで需要が大きい素材は、食料と薬の材料。こういったものは、やはり買い求める人が多いらしくて、市場での需要が増えているらしい。


 ……ということで、西の草原で大角魔牛を狩ることに。


 ノアの街は、海辺の街と呼ばれるだけあって、東門を出ると広い砂浜が広がっている。ギルドで得た情報では、茨城県の「大洗」辺りになるのでは? と言われている。


 街の周囲は、ほぼゲーム世界に置き換わっているように見えた。南へ行くと湖があるらしいが、北と西には、いかにもゲーム的な草原が広がっていた。


 *


 西の草原は見晴らしがよくて、川沿いにしばらく進むと、のんびり寛いでいる大角魔牛の群れを見つけることができた。


 比較的小さな群れだ。これにしよう。


 3…4……5、6……6頭か。……狙うのは、あの端にいるやつだ。


 何回も戦闘を繰り返し、合わせて18体の大角魔牛を狩った。陽が暮れてきたので、今日はこれでおしまい。


 ノアの街に戻り、ハンティングギルドで精算を済ませる。肉は数ブロック分、売却しないで取っておく。後で、旅中の食事用に食べやすく料理するつもりだ。


 今日の宿は、このハンティングギルドの宿泊施設を予約済みだ。街の宿屋はどこも満室で、空きがあるのがここしかなかった。


 ハンティングギルドの宿泊施設は、素泊まりで簡易ベッドしかないシンプルな作りだが、狭いながらも一応個室になっている。幸いなことに、ゲーム仕様で部屋数に上限がないため、収容能力は非常に高い。


 ………なんか疲れたな。精神的に。


 父さんの所在が分かり、少し気が緩んだのかもしれない。今まで感じていなかった疲労感がドッと押し寄せてきた。今日は早く寝てしまおう。明日もまた1日狩りだから。

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