第32話 悩む卑弥呼様
「へい。ホッケお待ち」
「どうも」
「生ビールもね」
やはりこの組み合わせこそ至高ですね。もう他には要らないくらいにパーフェクトです。
ジョッキを掴み、一息に飲み干す。
そして体の内から競り上がってくる歓喜の波に身を委ねるこの時間こそ、唯一癒される時間です。
「カァァァァァ!」
今日はまた一段と美味しいですね。
当分娑婆とはおさらばする予定でしたから、感動は一塩ですよ。
キュウリの漬け物を口に放り込んで、物思いに耽る――
そういえば、前にこのお店に来たときは、私としたことがあの男ごときにイライラしてましたねえ。
まったく、歴史を改変するなんて大それたことをするとは思いもしませんでしたよ。
ほんと、ロリコンだし、変態だし、ニートだし、いいとこなんて何一つないダメ男を凝縮したようなクズ男なのに、この私をもってさえよくわからないとは、神も
「嬢ちゃん。悩みでもあるのかい」
おっと、顔に出てましたかね。
「いえいえ、悩みって程のことでは」
「ははーん。それは恋だね」
ああ、相談に乗る振りして自分が語りたいだけのパターンですか。そうですか。
「バカなこと言わないでください。私はイケメンしか相手にしませんよ」
何を言ってるんですかね。この店主は。少しは客を見る目を養ったほうが――
「おや? 俺は誰か特定の男のことなんて言ってないが、どうやら嬢ちゃんの頭の中じゃあ、誰かさんをイメージしてるようだな」
驚愕!!!! この店主……恐ろしい子。
「さっきからホッケの身をずっとほじくり返して上の空なんだもんなあ。恋する女は辛いね~まったく」
「な、なに言ってるんですか。戯言はそれくらいにしないとお代払いませんよ!!」
「いや、それはちゃんと払ってくれ」
急に真顔にならないでください。
しかし無銭飲食で幽閉されるのは勘弁ですから、さすがに代金は支払うことにしましょう。
「でも気を付けろよ」
「何がですか?」
「だいたい恋心に気がついたときにライバルが登場するのが
まさか居酒屋の店主に恋の指南を受ける日が来ようとは、未来が読める私でさえ読めませんでしたよ。
「だからですね、ライバルどころか恋だってしてませんって。あいつは――」
そう。あいつは――悪友くらいのポジションがちょうどいいのです。
これ以上訳のわからない悩みに振り回されるのは御免です。この問題は先送りにして、今は酒と肴に耽溺しましょう。
そうですよ――私があの男を助けたときに感じた胸の高鳴りが、まさか生前に恋をしていたからだなんて……そんなわけないに決まってるじゃないですか。
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