第4稿 悪魔の囁きと丑の刻参り(真相編)(1)

 貴船神社の境内は妙な雰囲気だった。夏なので生暖かい空気と湿気に包まれるが、今の状況のせいか何処か肌寒く感じる。

 ゴホッゴホッ……ゲホッ

 面を剥ぎ取られた怪人物の正体、姉小路右将は俺の蹴りが喉にでも当たったのか、喉を手で押さえながら咳き込んでいる。そして、覚束ない足取りでゆっくりと立ち上がった。

「……いきなり、この仕打ちは酷いんじゃないか?」

 恨めしそうに俺を睨む。その声は間違いなく姉小路だった。

「よく言うぜ。本気で俺のことを殺そうとしたくせに」

 俺も負けじと睨み返す。だが、姉小路は何が可笑しいのか、突然、笑い出した。

「あっはっはっは! 傑作だな。まさか、僕の冗談に本気マジになるとはね。安心してよ。この服は余興さ。先刻のも演技だよ。折角の機会だし、皆を驚かせようと思ってさ。Nへのドッキリは大成功だな。さぁ、種明かしも済んだことだし、Nも一緒に七条君や八神さんを驚かしに行こうぜ!」

 満面の笑みを見せて、手を此方へと伸ばす姉小路。だが、俺は首を横に振った。

「……今更、誤魔化しても駄目だぜ。もうネタはバレてんだよ。今回の丑の刻参り事件の真相も俺には全て分かってる」

 その言葉に姉小路の顔から笑みが消えた。スッと笑顔が無表情に変化する様子は不気味だった。目はまるで生気の無い人形の様だった。機械仕掛けの人形のような無機質な声で姉小路は俺に訊ねる。

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、聞かせてもらおうか。今回の事件の真相を……」

 空気が一気に張り詰める。俺と姉小路はしばらく無言で睨み合った。実際には数秒だったと思うが、数十年や数百年の年月にも感じられた。俺は姉小路に動揺を悟らせまいと口角を上げて笑顔を作った。勿論、本当は笑う余裕なんて無いのだが、このエリアの雰囲気を彼のペースに合わせたくはなかった。


「あぁ、良いだろう。元よりそのつもりだ。先程も言った筈だ。此処はお前を糾弾する場だと。さぁ、推理の悪魔の謎解きを始めよう」


 俺が台詞を放つと同時に近くの木から一斉に鳥が飛び去った。

 貴船川の水の流れる音と風で木の枝が揺れる音。

 ―――推理の場は整った。俺は七条君に語りかけるようなのんびりとした口調ではなく、自分でも驚く程、低く冷たい声で語り始めた。

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