第3稿 悪魔の囁きと神々の騒めき(解決編)(3)

 俺はまだ事件の真相を全て把握している訳ではない。理論は出来上がっているが、確証が欲しい。俺は山道を歩き続けた。七条君はその後を必死に付いて来る。

 大杉権現社に辿り着いた。千年近い樹齢を保っていた杉の古木や社が、昭和25年のジェーン台風や平成30年の台風21号を経て倒れていた。辺りには細い杉の木ばかりで、木の独特な匂いがその場に漂う。鞍馬山で牛若丸が天狗と修行したという伝承があるが、確かに人間が入り込む余地のない独特な雰囲気がある。ツチノコや天狗など非科学的だが、此処ならば居てもおかしくないと納得してしまう。

「先輩、待ってくださいよ~。ぶっ倒れていたのに、何でそんなに元気なんですか?」

 後ろから息を切らして七条君がやってくる。俺は独特な雰囲気に飲み込まれないように、推理に集中する。

「じゃあ、話の続きをしようか」


「次は山本君が体験した『ツチノコの声』についてだ。簡単に起こった事をまとめると、山本君が『すみません』という女性の声を聞いたが、辺りには誰も居なかった。階段の下に三人の女子大生が居たが、彼女たちは山本君に声を掛けていない。つまり、誰か分からぬ声が山本君に話しかけたという話だ。ここまではいいかい?」

 俺の言葉に七条君は頷く。俺は話を続ける。

「さらに山本君はこう続けた。声が聞こえる数十秒ほど前に、階段を降りてくる爺さんとすれ違ったと。幅が狭くて爺さんが歩き辛そうだったから、山本君が道を譲ったという話だったね」

「でも、その話は関係ないって……」

 七条君の言葉に、俺は首を横に振る。

「いや、関係大ありだ。山本君がすれ違ったのなら、当然、

 七条君はハッと気づく。

「そうか! 山本先輩もお爺さんと『すまないね』、『いえ』というやり取りをしたんですよね。女子大生とも同じようなやり取りがあった筈です」

 七条君の言う通りだ。「すみません」という言葉は汎用性が高く、この場合は道を譲った側もつい口にしてしまう。女子大生の一人が「(道を塞いでしまって)すみません」と言い、爺さんが「(道を譲ってくれて)すまないね」と言うやり取りがあったと考えられる。山本君は女子大生の一人の声を聞いただけだったのだ。女子大生の声だけ聞き取れたのは、老人の低く小さい声より、女子大生の高いハッキリした声の方が聞き取りやすいからだろう。周囲に誰も居ない状況で突然「すみません」という声が聞こえてきたら、「自分に掛けられた声かな」と思ってしまう。これが真相だ。

 しかし、七条君は首を捻る。

「え? でも、おかしくありませんか。それだけのことなら、女子大生とのやり取りで山本先輩も気付きそうですけどね」

 そこは俺も疑問だった。だが、

「山本君は『僕に声を掛けましたか?』としか聞いていない。女子大生も上に居た山本君に気付いていなかったし、いきなり初対面の男性に妙な事を聞かれたら、やり取りしようとも思わず『いいえ』と答えるさ。流石に山本君も推測の仕様がない」

 成る程と頷く彼に、俺は続けた。

「そして、七条君。『いいえ』の後に続いた言葉、覚えているかい?『そんなことしませんよ』。これって、ちょっときつい言葉だろ。その言葉の意味を考えれば、山本君が気付かなかった訳も分かるんだ。ほら、さっき八神会長がナンパされただろ。同じ奴かどうかは分からないが、その女子大生三人も誰かにナンパされていた。その中で特に絡まれたのが、爺さんに『すみません』と言った女性だったとしたら? その女性に初対面の男が妙な事を言ってきたら、警戒するのは当然だろう。山本君に対応したのは声の主とは別の女性だったんだ。残り二人の内のどちらかだろうね。そんな事情を知らない山本君は『自分が聞いた声と違うし、女子大生達は自分に話しかけていないと言っている。他には周りに誰も居ない。これはツチノコの仕業だ!』と早合点してしまったという訳さ」

 事の真相を伝えると、七条君は溜息をついた。

「何だ。そんなことだったんですね。山本先輩がアホなだけじゃないですか。結局、ツチノコの真相は殆ど勘違いから生まれたものだったんですね」

 と安心したように呟く。だが、

「これまで話した事件は『ある前提』が無ければ、事件にならなかった筈だ。そう『ツチノコが鞍馬山に居る』という情報がね。この事件の出発点は全て若丸の『ツチノコ発言』から始まっているんだ」

 俺の言葉に、七条君はゴクリと唾を飲んだ。

「N先輩は分かっているんですか? その真相も」

 その問いに俺は黙って頷く。そして……


 俺はまた歩き始めた。この事件の終着点へ向かって―――

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