第2稿 悪魔の囁きと悪魔憑きの少年(2)

「遅いですよ、先輩」

 アイスコーヒーのブラックを購入し店内を見渡すと、店の奥の席に待ち合わせの人物は居た。ロング丈Tシャツに黒のスキニーパンツ、カジュアルなキャンバスシューズで茶髪のいかにも大学生な雰囲気だ。しかも、生意気にキャラメルマキアートを飲んでやがる。いつもの黒Tシャツに黒ジーパンの俺とはえらい違いだ。

 ここで少し自己紹介をしておこう。俺は推理小説研究会会員で、皆からは「N」とか「N先輩」と呼ばれている。前回は言い忘れたが、俺は京都の某大学の大学生。御所付近にある煉瓦造りのお洒落な校舎といえば分かるだろう。趣味は下手な推理小説を執筆すること以外は特に無い。平凡な大学三回生だ。

 で、待ち合わせの人物は後輩で一回生の七条葵。整った顔をしたイケメンで京都の下鴨神社付近にある老舗料亭の跡取り息子。俺は洛外の宇治に住んでいるので、たまに此奴からイケズな発言を食らうが、まぁ根は良い奴だ。

「悪いな。ちょっと、朝から嫌な目にあってだな……」

「何かあったんですか?」

「あぁ、実はな……」

 俺は、朝に見た妙な悪夢の事を七条君に話す。一瞬、彼は驚いたような顔をしていたが、すぐに顔の緊張を解いた。

「何だ、そんなことですか。まぁ、でも時期が良かったですね。もし、その悪夢が霊障なら、アレの由来的に厄落としができるじゃないですか」

「まぁ、確かにな。おぉ、そうだ! アレで思い出した」

「何です?」

「遅刻の詫びだ。ほら八つ橋」

 そう言って、俺は鞄から袋を取り出す。恭しく差し出すと、後輩は歓喜の声を上げた。

「わぁっ! 大好物をありがとうございます!」

「30分も遅刻しちゃったからな。受け取ってくれ」

 宇治から六角堂まで1時間で来られるわけがなく、結局、俺は遅刻した。普段なら嫌味の一つでも言う癖に、八つ橋の効果だろうか、彼は爽やかな笑みで俺の遅刻を許した。

「いえ、元はと言えば急にお呼び立てした僕が悪いんです。本当にすみません。大学もテストが終わって休日ですからね。先輩も暇かなって思って連絡したんです。それより、この八つ橋どうしたんですか?」

 彼の問いに、俺は「はぁ……」と溜息をついた。

「アレを見に、親戚の叔母さんが東京から泊まりに来ているんだよ。調子に乗ってお土産を買い過ぎたみたいで、おこぼれを貰ったのさ。傷みやすいから、ちゃんと冷蔵庫に入れておくんだぞ」

「ありがとうございます! 僕はこっちの方が大好きですし、祖母や祖父も喜びますよ! ところで、先輩の叔母さんは……」

「あぁ、朝起きたら鞄や靴が無くなってたな。多分、朝っぱらから京都観光だろうぜ。ところで……」

 俺は一旦、言葉を切ってアイスコーヒーを喉に流し込んだ。店内自体はガラス張りでお洒落な雰囲気だが、ガラス越しに見える六角堂に妙な重厚感や威圧感のようなものを感じた。まぁ、ガラス窓の下に見える間抜けそうな顔の狸の置き物がその雰囲気を和らげているのだが。

 その妙な感覚から逃れたかった気持ちと早く本題に入りたいという意図で言葉を切ったのだが、七条君もそれを察したようだ。

「分かりました。本題に入りましょう。でも、その前に、N先輩は僕の妹を覚えていますか?」

「あぁ、花ちゃんか。確か、小学四年生だっけ?」

 七条君には妹がいる。小学生の七条花ちゃんだ。クソ生意気な兄の方とは違い、まさしく京女という感じのはんなりした女の子。その美しさは京都で例えるなら地下鉄・市営バス応援キャラクターの太〇萌に匹敵するといっても過言ではない。性格も礼儀正しく、一度、七条君の家に遊びに行ったことがあるが、わざわざ部屋まで挨拶に来てくれた。そのときも、しゃなりしゃなりと姿勢を正して歩く姿は、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花という表現がそのまま歩いているようだった。

「先輩、後輩の妹の名前を聞いて鼻の下を伸ばさないでくださいよ。ロリコン&変態ですか? 普通に引くわー」

「失敬な。多少、鼻の下は伸ばしたかもしれないが、そんな言い方はないだろう。あ! もしかして、花ちゃんが可愛すぎるから誘拐されたのか! そこで俺に推理を頼みたいと。よし分かった! 任せておけ!」

「違いますよ。あぁ、もうこの先輩は阿呆なんだから! こんなことなら呼ぶんじゃなかった!」

「何! 宇治からはるばる来てやったのに何て言い草だ! そんなこと言うなら八つ橋は返してもらおう」

「あぁっ! すみません! 悪かったから僕の好物を奪わないでください!」

 コホン! と咳が聞こえ、後ろを見ると女性店員が怖い顔をしている。はしゃぎすぎたと思い、俺は体を縮こまらせた。七条君もすまなそうに会釈する。

 女性店員が向こうに行ってしまうと、俺はやれやれと溜息を吐いた。

「ふぅ、怖かった。あんな鬼みたいな顔しなくてもいいだろうに……」

 俺が不貞腐れると、七条君はポツリと呟いた。

「鬼ですか。でも、今の僕には鬼のような形相の女性よりも気味が悪いものがありますけどね」

「ん?」

 どういうことだ?と俺が訊ねる前に、後輩の方が先に問いを投げかけてきた。

「N先輩は悪魔憑きって信じますか?」

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