BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました
花果唯
本編
第一話 蘇りし邪眼
暖かな日差しが差し込み、柔らかな風がカーテンを揺らす放課後。
真綿に包まれたような心地よさが眠気を誘う。
別れの挨拶やどこに遊びに行くか話し合う陽気な声を聞きながら、僕は欠伸を一噛みした。
「
幸せな気だるさに水を差すように、クラスメイトの女子が声を掛けてきた。
手にはこれから何を言われるか、察することの出来る
思わず眉間に皺を寄せてしまいそうになるのを堪え、無理やり顔面に笑顔を貼り付けると彼女の方に向き直った。
「何?」
声を掛けられた理由は分かっているが、社交辞令として用件を聞く体勢をとる。
「あの……これ、お兄さんに渡してくれる?」
……ほら、やはり。
『可愛らしい花柄の便箋』を受け取る。
この手紙が何なのかは聞くまでもない。
「『渡すだけ』ならいいけど」
僕は事務処理的にいつもの返答をする。
「本当!? ありがとう! 絶対っ、渡してね!」
念を押しながら軽やかに去っていく背中を見送りつつ、こっそり溜息をついた。
律儀な兄は、ちゃんと目を通して断るのだろう。
この女子にとっても兄にとっても、時間の無駄なんじゃないかと冷めた思いが浮かぶ。
だって……。
この女子に、いや、兄に憧れる全ての女子に教えてあげたい。
僕の兄『
いや、簡単にホモと言ってはいけない。
男が好きだとか、そういうわけではないのだ。
『好きになった人が、たまたま男だった』
ただ、それだけ……それだけだ。
ああ、なんて心に響く言葉なのだろう!
こうやって健全男子として生きている『今』でも、未だ自分の心底に取り除くことの出来ないヘドロとなって沈殿している『腐女子魂』が沸々と湧き上がってくる。
くう、漲るぅっ!
僕、『
今は所謂、『二度目の人生』を送っているところなのだ。
前世のことは、はっきりとは覚えていない。
名前も何歳まで生きたのかも、死因は何なのかも分からない。
だが、ボーイズラブ、『BL』が大好きな腐女子であったということと、それに纏わる知識や思い出は覚えていた。
自分や家族のことより、BL関連の記憶が勝っていたことに自分でも戦慄が走る。
残念にも程がある。
そんな残念腐女子が、『R指定がついたBLゲームの世界』と思われるところに『転生した』と言ったら信じて貰えるだろうか。
そう、あの『転生』だ。
始まりがあれば終わりがあり、命あるものには等しく平等に死が訪れる。
死んだものは生き返らないし、二度目の人生なんてあるはずもない。
だが、知能ある『人』は憧れるのだ。
死から逃れられないのであれば、『二度目の人生』というものがあるのではないかと。
そういう『希望』を込めて生まれたであろう『転生』というものは、アニメ、漫画、小説、などのフィクションの中の出来事である。
だが僕にとっては、まぎれもなくノンフィクションなのだ。
しかも、転生したのは『BLゲームの世界で、主人公の弟』という、腐女子にとってはご馳走でしかないベストポジションに!
転生した理由は皆目見当もつかないが、余程前世で善行を積んだか、BLが好き過ぎて死しても魂がBL世界にしがみついた変態かのどちらかだな、と漠然と考えている。
恐らく後者だ。
もしかしたら来世でも……いや、もう成仏出来ずに地縛霊になってホモホモ言ってそうだ。
ホモのニャンニャンが好きな地縛霊、ジバホモニ……やめておこう。
ちなみに、僕は性別が『男』になったわけだがホモではない。
恋愛はしたことがないし、未だ興味もないが恐らく対象は女の子だろう。
まだ良く分からないが、どっちと『したいか』と聞かれれば女の子なので、そういうことなのかなと思っている。
ホモは『なる』よりも『見る』に限る。
だって、対象が自分じゃ萌えないじゃないか。
真面目なことを言えば、身体は前世の記憶よりも、今まで生きてきた『天地央』が強いといったところだろうか。
まあ、そんなこんなで、僕はこの超ご褒美な『第二の人生』を満喫しているのである。
ただ一つ、悔やまれることがある。
前世を思い出したのが……ここが『BLゲームの世界だ』と気がついたのが、遅かったという点だ。
最初から前世の記憶を持っていたのではなく、ある『事件』をきっかけに思い出したのだ。
気づいた時には兄は事後だったとか……勿体無い、勿体無さ過ぎる!
勿体無いオバケ出る、まじで。
兄の悩ましい姿を邪眼で見たかった……。
悔やんでも悔やみきれない! 僕の馬鹿!
こんなご馳走、みすみす見逃しやがって! 腐女子失格だ! ……今は女子じゃないが。
あ、『邪眼』というのは腐った目、BLを美味しく頂くことの出来る|鷹の目(ホークアイ)だ。
邪眼には、『腐女子フィルター』も搭載されている。
何かと言うと、簡単に言えば『何でもBL化』だ。
男子高校生が自転車二人乗りをしている姿を見かけるだけで、瞬時にどちらが攻めか受けかを判断し、床上決戦中の様子を思い浮かべるまで二秒と掛けらないという機能は初級。
昨今では物でも擬人化し、決戦させるという機能も拡散している。
妄想を加速させるという恐ろしいスイッチは自動ON。
OFFは極めて入りにくいので注意が必要だ。
テストに出るので、覚えていて欲しい。
おっと、脱線してしまった。
僕がこの世界がBLゲームの世界だと気づいた『事件』についてだ。
※※※
僕には二つ年上の兄がいる。名前は『天地真』。
成績優秀、スポーツ万能のイケメンで、漫画やゲームの主人公のような人だ。
身長も高く、天然茶髪のサラサラヘアー。
きりっとした目は二重で碧眼。
きらきらと爽やかな汗を光らせてテニスをしているところを見た時は、我が兄ながらどこの青春映画から飛び出してきたのだと思ったものだ。
いや、まあ……本当に正真正銘『主人公』だったのだが。
BLゲームの、だけど。
……しかも『R』つきの。
だが、割と青春モノと言うか、行為自体は激しいが犯罪紛いなものは一部のバッドエンドルートにしかない、健全な方の人気作だったと記憶している。
BLゲームがやりたいならこれから、というような入門編的な存在であったはずだ。
思い出した時は、雷に打たれたような衝撃が頭から足の爪先まで一気に駆け抜けた。
記憶が蘇るきっかけとなった光景も衝撃的だったので、衝撃プラス衝撃のコンボで昇天しかけた。
今思い出しただけでも頭痛がする。
その日、僕は学校から帰ってきて、いつものように自分の部屋に直行しようとした。
玄関には兄の同級生であり幼馴染でもある『|櫻井春樹(さくらいはるき)』の靴があったので、彼が遊びに来ていることが分かった。
春樹は僕にとって、もう一人の兄と言える存在だ。
子供の頃から『春兄』と呼んで慕っているし、向こうも僕を可愛がってくれている。
春兄は兄より背が高くバスケ部のエースで、格好良いスポーツマンイケメンだ。
黒の短髪で、きりっとした強い蒼目が男らしくて、当然モテる。
話をしたことがあるというだけで羨ましがられるくらい人気もあり、弟のように可愛がって貰っている僕は誇らしく感じている。
バスケを教えて貰っている時なんか、『周りの奴ら、羨ましいだろう!』とニヤニヤしてしまうくらいだ。
そんな春兄が来ているとあれば、少しは構って貰いたいものだ。
暇だし、一緒に遊んで貰おうと兄の部屋に行くことにした。
兄の部屋は二階にある。僕の部屋と隣だ。
春兄が遊びに来ていることは良くあり、いつもは階段を上っていると賑やかな声が聞こえてきたのだが……その日は静かだった。
勉強しているのかもしれないと思い、邪魔にならないよう、静かに部屋に近づいた。
部屋のドアは少し開いていて、中には人の気配がする。
こっそり、音を立てずに覗いて見ると、そこには……。
「……ッ!!」
なんと部屋の中で兄と春樹はキスをしていた。
春樹が兄を押し倒したのか、覆いかぶさるような体勢になっていた。
かなり濃厚なやつをしている。
このままいけば多分……何とは言わないが、試合開始となることは間違いないだろう。
うわっ、まじか……兄ちゃん、ホモだ……。
兄ちゃんだけじゃない。春兄とホモだ……ダブルホモだ……まじか……。
ホモだよ……父さんと母さんにバレたらどうするんだよ……。
友達にもバレたらどうするんだよ……ホモだ! って言われるぞ……。
頭の中は『ホモ』という字でいっぱいになっていた。
――その時。
頭に雷が落ちたような衝撃が走り、脳を直接突き刺されているような痛みに襲われた。
思わず声を出しそうになってしまったので口を押さえ、後に下がった。
この部屋の近くにいてはいけない。
見てしまったことがバレてはいけない、絶対駄目だ。
どんどん後ろに下がる。
動揺して階段があることを忘れていた。
がくっと下がる片足。バランスを崩して落ちる身体。
――やばっ!
手すりを掴もうと手を伸ばしたが空を切り、上手に尻で踊り場までの五段をとんとんとんっと下っていった。
一段降りるごとに増す痛み。尻が割れる!
「痛ああああああああっー!!!」
叫ばないなんて無理だった。
ああ、尻が……割れた……最初から割れているなんて言わないで欲しい。
四つくらいに割れそうだ。
「央!?」
「どうした!?」
兄と春樹が飛び出してきた。
どうやら情事を中断してきたようだ。
だが、気のせいかもしれないが、兄の着衣が乱れている気がする。
急いでいて、整えられなかったのかもしれない。
見てはいけないものを見てしまったような……。
「だ、大丈夫! ちょっと階段踏み外して落ちた……いってえ」
「何をやってんだよ……」
春兄が近寄り起こしてくれようとするのが分かったが、なんとなく気まずい。
シップを貼ってくると言い残し、そそくさと階段を下って一階のトイレに逃げた。
トイレに座り、頭を抱える。
色々なショックで気持ち悪くなってきた。
頭の中がぐちゃぐちゃになり、色んな雑音が混じって聞こえ始めた。
脳震盪でも起こしているのかもしてないと思ったが……何かがおかしい。
走馬灯のように、色々な景色や場面が頭の中を駆け抜けていく――。
その中でさっき覗き見た、兄達の衝撃場面も見えた。
いや……違う。
さっきの場面に似ているが、兄達が絵になっているし、選択肢のような文章まで見え、まるでゲームの様な……。
「げー……む?」
その瞬間、頭の中でぐちゃぐちゃになっていたものが、一気に整頓されていくような感覚がした。
音もそうだ。
声や音楽。
どれも聞き覚えがある。
そして理解した。
これは『Flowering Season ―黒き薔薇の学び舎―』というBLゲームの世界だ、と。
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