第16話 世界は違っても恋の悩みは同じ

「ずっと好きな人がいるんです。子供の頃からずっと近くにいて仲も良くて。その彼が今度結婚するって・・・うぅっ」

娘はそこまで話すと堪え切れずに涙を流した。

「どっ・・・うっ・・・うっ・・・ど、どう・・・ひっく」

「時間はあるからゆっくりでいいよ。ほら、お茶でも飲んで」

凜が淹れたのは普通の紅茶だ。本当ならハーブティか何かがあればいいのだけれど、あいにくそこまでは常備していなかった。娘はお茶を一口飲み、何度か鼻をすすって、またお茶を飲んだ。そして、ふぅっと息を吐き出すとキッと凜を睨んだ。きっと泣かないようにと目に力を入れたのだろう。


「どうしたら、どうしたら諦められますか。どうしたら・・・」

「諦め方か・・・。諦め方はごめんね。私もよく分からないや。時間が薬になるってはよく言うけど、今すぐ忘れたいのにね」

娘はコクコクと頷いた。

「その人で空いてしまった穴は、その人でしか埋まらないんだと思う。それでも、違う何かをつめて塞いでいかないとしんどいだけだから。私で良ければ時間ある時なら話を聞くから、しんどくなったらここにおいで」

「・・・いいんですか?」

「うん、こっちの世界の方がその人に繋がるものも少ないかもしれないし。いいよ。ね、リック」

少し離れた所にいるリックに聴こえるように言うと、リックは「凜様がよろしければお願いします」と言った。






「15時か。思ってたより早く終わったね。明日は久し振りのオフだしゆっくり羽根でも伸ばしてね」

「はい、ありがとうございます」

榊に挨拶をして家に入るもハルトは羽根を伸ばせる気分ではなかった。今日は凜が男とデートをする日。凜が男とご飯を食べに行くと知った日から頭の中にこびりついて離れない。

こんなことならいっそ明日の朝までずっと仕事だったら良かったのに・・・。

一人でこんな夜を平然と越せる気がちっともしない、そう思った時には携帯電話を取り出しメールを打っていた。


 「珍しいじゃん、ハルから飲みに誘ってくるなんて。上手いことスケジュールが空いてたなんて幸運だよ、君は」

河合はニコッと笑うと店の人にビールを二つ注文し、いいよね?とハルトに確認した。

「はい、大丈夫です」

「で、どうしたの?」

「どうしたっていうか、あの」

一人でいたくなくて河合を呼び出したはいいが、河合に話したところで凜がデートに行くことは変わらず、このモヤッとした気持ちを河合にぶつけてもいいのだろうかと言い淀んでいると、ハルトの携帯のメール着信音が鳴った。

「すみません」

断って差出人だけ確認する。画面には結城リカの文字があった。そのまま携帯をポケットに戻す。

「返信しなくていいの?」

「大丈夫なやつなんでいい・・・、まぁ、いいです」

「何今の間」

河合がぷぷっと笑う。

「共演者の方から結構メール来るんですが、正直いうと面倒くさくて。河合さんはどうしてますか?」

「俺?俺はね、メールは滅多に返さない奴って業界じゃちょっと有名なの。勿論、返信しなきゃいけないものはちゃんと返信するけど、ぶっちゃけどうでもいいやつは返信しないよ。メールを返信しない人だっていうイメージがあった方が楽じゃん。ホイホイ返信して勘違いされても困るしさ」

「ですよね。俺もそういう線でいきます」

「で?」

「で!?」

「今日俺を呼んだのには理由があるでしょ。ほらほら、話して御覧なさい」

ハルトは目の前にあるビールを一気に飲み干した。そしてすかさず注文する。

「理由を話したら、朝まで付き合ってくれますか?」

「えぇー、俺、明日も仕事だからなー。まぁ、付き合えるところまでは付き合うよ」

河合は言葉とは裏腹に楽しそうにビールを飲んだ。



「へぇ、じゃあ、ハルトの想い人は今、男と食事をしてるってこと?」

「そうです」

「でも食事だけだろ?しかも友達って言ってたんだし」

「友達って言ってもきっと特別な友達です。話す時嬉しそうにしてたから・・・」

お酒のせいもあってハルトが饒舌になっていく様を河合は面白そうに見ていた。

いつもならこんな風に酔っ払う奴ではないのに、立て続けにビールを一気飲みしたのが聞いているのだろう。


「俺、どうしたらいいんですかね。このまま凜が他の男に惹かれていくのを見てるしかないんですか?」

ハルトは下を向いて悔しそうにグラスを握りしめた。

「人の気持ちはどうにもならないからなぁ。でも振り向かせるための努力は出来るんじゃない?」

「振り向かせるための努力?」

「ハルの場合、相手に男として意識されてなさそうなんだよねー。猫からは人間になれた?」

「それは・・・微妙です。でも、この間、一緒に寝た」

「寝た?」

「寝た!」

「寝た?ちょっと詳しく効かせて貰おうか」

河合は魚に添えられていたレモンを口の中に放り込むと「んっ」と顔を歪め、大きく目を開いた。


「酔っ払った彼女に一緒に寝ようとベッドに誘われて、ベッドに移動して直ぐ彼女が寝たのでそのまま帰ろうとしたんですけど、彼女が寝言で「田丸君・・・」って昔好きだった男の名前を呼ぶから、なんか、頭にきて」

「ほうっ、それで?」

「一緒に寝ました。それだけ・・・」

「何もせずに?」

「寝てる人に手は出せないです」

「そりゃそうだけど。翌朝の彼女の反応は?」

「謝られました。ベッドに誘った記憶はあったみたいで。私、襲ってないよねって確認されて」


「へっ、彼女がハルを襲ってないか確認されたの?」

「はい」

「ぷっ、面白いね、その彼女」

「ダメですよ。彼女に興味を持たないでください」

「ぷぷぷぷ、くくくく。ハル、おもしろすぎ」

「・・・・・・」

ハルトがビールを飲む。その口先が少し尖っているのを見て河合はまた吹き出した。

「普通さ、ヤッたかどうか確認するのに自分が襲ったかって聞き方しないよね。男ならまだしも、女性だし。彼女さハルが自分に欲情するわけがないと思ってるんじゃない?」

「え?」

「うん、きっとそうだよ。彼女はハルが自分に惚れるわけないと思ってる。だから恋愛の対象から外してるんじゃん」

「そんな、まさか」

「好意があるってことちゃんと見せた方がいいかもね」

「好意・・・か。見せてるつもりなんですけどね」

「ハル、分かりづらいからなぁ。もしくは本気にされてないか。とにかく、伝わってはないってことだ」

ハルトは容赦ない先輩の言葉にうぅ~と唸った。テーブルに顔をついて、ビールからカクテルに変わったグラスを見ている。


「今日の俺のこの気持ちはどうしたらいいんですかね」

「そうだなー。今日は祈るしかないんじゃん」

河合は指をハルトの目の前に人差し指を立てた。

「1、その男と何もないことを祈る。2、その男が彼女の好きだった相手ではないことを祈る」

自分では考えもしなかった二つ目の祈りにハルトは絶句した。グラスの中の氷が音を立てて崩れる。

「不安、煽らないでくださいよ・・・」



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