第7話 突破口

「で、こういうわけなのよ」

海外にいる友達から地図の解読を頼まれたがさっぱり分からないことをクジョ―に告げ、チャットルームの掲示板を利用して地図の画像を見て貰った。

「へぇー、脱出ゲームみたいですね。あれ好きなんだよね」

そう言った癖にクジョ―は地図をひと目見るなり「あぁ、ダメだこれ。無理」と言った。

「ええっ、それは困る」

「困るって言ってもなぁ。リンさんだって理由は分かってるんでしょ」

「うー」

凜が低い声を出す。

「外国っていうから英語とかフランス語とか、なんとなく理解できる言語かと思ってたんだけど、見たこともない、聞いたこともないものだとそれぞれが何を意味するか分からないし、訳したところでニュアンスが変わるでしょ。文化とか自分の中にある知識も活用しないと答えを出すのは難しいから、全く違った文化のものだと難しいんじゃない?」


「全くその通り過ぎてぐぅの根も出ないです・・・あぁぅ」

「くくく、リンさんがそんな情けない声出すなんて珍しいですね」

「そう?いや、そうかも。結構ガチで困ってるんだよね」

「方法がないわけじゃないですよ」

「どういうこと!?」

凜はPCの前で前のめりになって大きな声を出した。

「その友達に解いて貰えばいい」

「??」


「つまり、幾つか想定し得る解き方を伝授するんです。たとえば、冒頭のところ【ΓΔ¶ΘΣδζ=猫の様な生き物】ですけど、【ΓΔ¶ΘΣδζ】と【猫の様な生き物】の名前の文字数が同じなら、それぞれの文字を置き換えている可能性があります。それを文章になっていない文章に当てはめたらちゃんとした文章になるかもしれないし。【□の数だけ進め】も、単純にこの地図の中にある□の数を数えるのかもしれないし、板の形である四角も一つの四角として考えるのかもしれない。こんな感じでやり方だけ教えて、相談してきた人に解いて貰えばいいんじゃないですか?」

「すごいっ、すごいよクジョー!!ありがとう!もう、感謝だわ、感謝っ」

「どうも」

「クジョ―が何かで悩んだ時には全力で相談に乗るね」

クジョ―は少しの沈黙の後「その時はお願いします」と言った。







「ハルくん、今日の撮影はもう終わり?」

「いや、今ちょっと休憩中で。このあと二つシーン撮って終わりです」

ハルトがそう言いつつ壁にかけられている時計を見ると、時計の針は午前0時を指していた。

今日も連絡できなかった・・・。

凛が相談を受けて二日目になる。いや、日付が変わったから報告するのは今夜のはずだ。

凛は大丈夫だろうか。

そう思ったところで【凜】と呼び捨てにした時の慌てた姿が脳裏に浮かび、ハルトは誰も気が付かない程度に口元を緩めた。


「役者さんも大変だなぁ」

「そういう大西さんもまだ帰れないんじゃないですか?」

大西は40代後半、株式会社BFの大道具さんだ。前回のドラマの撮影の大道具も担当しており、新人のハルトを気にかけてかよく声をかけてくれる。

「まぁなー。前回使ってたセット、あれちょっと壊れただろ?それを直さないと帰れないなぁ」

大西はそこまで話すと、ふっと笑った。

「携帯握りしめて、何か大事な用事でもあったんか?」

「いいえ、そういうわけじゃないんですけど。そうだ、大西さんって宝の地図の解読は得意ですか?」

「宝の地図?懐かしいなぁ。小さい頃よく作ったよ、落書きみたいなやつだけど」

「これなんですけど」

大西に携帯電話の画像を見せると、じっと見たあとガハハと笑った。


「こりゃ、さっぱり分からんな。良く出来てる。俺の子供の頃のお遊びとは大違いだ。だがな、板の加工が甘い」

大西がニヤリと笑う。

「どういうことですか?」

「薬品やら塗料使って古く見せてるんだろうけど、ほら、画像のここのところ」

大西はハルトの携帯画面をスクロールさせ地図の断面の画像を選び出し、拡大した。

「ここに塗り忘れがある」

「本当に?この板って古いものじゃないんですか?」

「大道具歴22年の俺の目は誤魔化せないぞ。でもまぁ、素人が作ったんなら良く出来てるなぁ」

大西は、頑張れよ、とハルトの肩を叩くと去っていった。


宝の地図が偽物である可能性があるという事だろうか。大西さんの見間違いってことは・・・。

見間違いの可能性も考えてはみたが確かに大西の言う通り地図の断面には塗り残しの様な箇所があり、間違いとも言い難い。

凜にメールしておこう。そういえば凛の家に行ってもいいかという内容以外でのメールは初めてだ。そう考えると妙な緊張感が湧き、書いては消去し、何度も読み返して10分かけてようやくメールを送った。凜は今頃寝ているかもしれない。でもきっと起きたら返信をくれる。ハルトは携帯を見つめると目を細めた。


「深谷さん、あと10分で撮影再会だそうです」

「あ、はい」

「撮影、深夜までかかっちゃいましたね」

ハルトの隣で壁に寄りかかったのは結城リカ、20歳。モデル出身の女優でドラマに出始めたのはここ2年のことだ。

「そうっすね」

「くす、敬語やめてくださいよぅ。私の方が年下なのに」

「でも、芸歴は俺より長いんじゃないですかね。微妙な人にはみんな敬語で話すことにしてるんです」

「くす、深谷さんって結構真面目ですよね。演技も上手だし」

「そんなことないですよ。ただ必死なだけです。この世界で生きていきたいんで」

「すごいなぁ。深谷さんってかっこいい。あの、メール交換してもらってもいいですか?演技の事とか色々相談に乗って欲しいし・・・」

リカはハルトを上目使いで見つめた。自分を可愛いと知っている女子がよく見せる表情だ。


どうしたものか・・・。短い間にハルトは思考を巡らせた。正直、こういう相手は面倒だ。少しでも隙を見せるとグイグイとこちらのテリトリーに入ってくる。だがリカはドラマの共演者だ。この先も会うし、ハルトが片思いする相手役なのだ。相手に触れたり絡むシーンもある。

リカは短い間のハルトの観察によると感情が顔に出る分かり易いタイプと言えた。

ここで断ると後の撮影が恐いか・・・。

「深谷さん?」

リカが催促するかのようにハルトの名前を呼んだ。


「あぁ、いいですよ。でも自分のことにいっぱいいっぱいだし、相談相手にはならないと思いますけど」

「それでもいいです。お話が出来るだけでも安心するもん」

リカは嬉しそうに微笑むと「先に戻ってますね」とスタジオに向かった。

「仕事用携帯、買おう・・・」

ポソッと呟いた声を置いてハルトもスタジオへと向かった。





 3日目。

何度目かの携帯のアラームで凜は飛び起きた。目が覚めた瞬間、寝坊していると理解していた。なぜなら、夢の中で何度かアラーム音を聞いていたからだ。

「ヤバい、40分寝過ごしてる。しかも今日に限ってケーキの注文数が多い。いや、有り難いけどもっ!!」

なんとなく化粧をし、適当に髪の毛を結うと厨房へと走った。ケーキの引き渡しが10時に2件、11時に3件、カットケーキの予約もある。

とにかく、作るしかない!!


一気に修業時代に引き戻されたかのようだった。頭の中でタイムテーブルを作り、とにかく手が止まっている時間がないように次々と工程を消化していく。急ぎつつも丁寧に、時間が必要な部分、慎重にやらねばならない工程にはちゃんと時間をかける。ひと段落終えたのは15時を過ぎたところだった。

「青井さんが来るまで30分か。少しご飯食べよう」

何かつまめるものを取りに部屋に戻ると、そこに携帯電話も置きっぱなしになっていた。

「あぁ・・・あれ?ハルトからメールが来てる」

時間を見れば午前0時30分になっていた。「夜分遅くすみません」から始まるそのメールには依頼の地図がフェイクである可能性が書かれていた。

ハルトも考えてくれていたんだ・・・。

夜分遅くすみませんという一文を入れるところが微笑ましくてふっと笑う。厨房に戻ると返事を打った。


【考えてくれてありがとう。今日の夜、ちゃんと伝える】


ご飯を半分くらい食べた時、ハルトからメールが届いた。


【今日なんとかなりそうですか?考え込んで夜更かししてるんじゃないかと思ってました】

【バレたか笑。お蔭で寝坊したわ(TT)でも、なんとかなりそう。心配してくれてありがとね】

【今日、頑張ってください】

【ハルトも仕事頑張ってね】





「あれ、ハル、休憩挟んだらちょっと雰囲気柔らかくなったじゃん」

「・・・?俺は何も変わってないですよ」

ハルトの事務所の先輩であり、今回のドラマの主演である河合直人がハルトの背中をトンと叩いた。

「長い付き合いの俺の目は誤魔化せないよ?」




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