第6話 銀髪と白髪の違いがよく分からない

 五月七日。世界大災害から七日目。


 あれから俺は、最寄り駅と隣駅の近くにあるスーパーなんかを回って、冷凍できるものはその店の冷凍庫に放り込んでいった。

 日数的にそろそろ豚肉とかのサルベージは限界。それに入荷が五月一日とは限らないわけで、あの日に賞味期限ギリだったものはとっくにアウトなのだ。


 食えなくなったものは分けて捨てておきたかったがそんな時間と労力はない。冷蔵庫に入れっ放しの方がまだマシかもしれない。

 忙しいのは生鮮食品を冷凍して回るこの三日間だけであり、明日からはどうせヒマだ。気になることはそれからどうにかすればいいさ。


 駅と駅の中間地点にあるショッピングモールにも行った。テナントに食料品店が入ってるからだ。あんな広いとこも無人なんだよな。ホームセンターやアウトドアショップは後で役に立つかもしれない。


 最初は護身用の武器を探そうとか思ってたけど、なんか必要なさそうな感じだしな。だから交番の拳銃も放置してる。最寄り駅以外にも交番はあってキリがないし、食料に比べたら銃とかどうでもいいわ。


 SNSでは封鎖地域の中に巨大生物を見た。放射能で巨大化したんだ、なんて話題が少し盛り上がっていた。楽しそうだなお前ら。

 パニックホラーの次は怪獣映画か。でもソースを探したら巨大生物っていうか、普通よりかなり大きい猫を見たとかそんな話だったぞ。


 居るのか猫?

 その時点で眉唾なんだが。


 巨大化はともかく、人間以外の生物はどうなんだろうな。この街じゃ野良猫だって元からそうそう見ない。鳥とかは普段意識してないから、今もいたりするのかどうか分からんな。虫は部屋の中で見つけたらあれだが、外だとやっぱり意識しない。

 今度からは少し気にしてみよう。


 生き残った生物はいるのか。死んだとしたら消失するのか。後者は確認する方法なくないか?

 どっかのお宅で服を着せた犬とか飼ってれば確認できたかもしれないが、知ってる犬が消えてたら悲しくなるからやっぱいいや。


 ネットがつながるんだから、これで救助を求めるという方法にも思い至った。今更か。


 それというのも、SNSで封鎖地域から助けを求めているというアカウントが話題になったからだ。俺もその情報に食いついた。でも釣りだったらしく派手に炎上していた。

 そしてその手の発言は猛烈に叩かれるようになった。


 駄目だ。SNS使えねー。あいつら冷たいな……。


 その辺の自治体にメールでも送っとくことにした。地元のお役所は当然ながら全滅している。いや、見に行ったわけじゃないが多分駄目だろ。


 この街は滅亡しました。


 それでも一応送ったけどな。

 助けを求めたって現状ではどうしようもないだろう。でも封鎖地域を放置してそのまま忘れ去って数十年、なんて事態は避けられるかもしれない。

 返事はない。

 今はそれどころじゃないんだろ。メールが届いていたとしても。


 それからこんな噂を見た。封鎖地域の中に生きている人間を見たというのだ。封鎖地域の中は致死ウイルスで満たされており、生存者はウイルスの抗体を持っているという。


「ん?」


 んんん???


 なんか俺が考えた毒ガスが街の端っこに寄ってる説よりも、ずっと説得力がないかそれ?

 というか俺の考えた説ってアホっぽくないか? 誰がアホだ。


 その噂は更にこう続く。政府はウイルス抗体を持った人間を確保したが、その人間は封鎖地域の外に出たら逆に死んでしまったのだそうだ。

 また、ワクチンの開発も上手くいかなかった。

 もっと実験体が必要だ。だから封鎖地域内にいる生物を発見したら、なんとしてでも捕らえなければいけないと。


 怖ええなオイ!

 そういうのは俺がメール出す前に教えろよ!

 もう周辺の自治体に送信しまくっちゃったよ!

 防護服着た特殊部隊とかに連行されんのは嫌だからな!


 はぁはぁ。

 ま、流石にこんな与太話のために救助要請を送らないとかはないわ。どっちにしても出してたわ。


 それに、封鎖地域内に人を見たという噂はこの街の話ではなかった。全然別の県にある封鎖地域の話だった。

 制服の上に白いコートのようなものを羽織った女子高生が、ビルの上に立っていたのを見たというのだ。現実と妄想をごっちゃにしてはいけない。

 どうせならこの街に現れてくれよな。


 だが、その後に見た噂は与太話ではなかった。

 封鎖地域の境界線すぐそばに住んでいる者、または封鎖地域内に住んでいたが、大災厄の日は出勤していて事なきを得た者。逆に勤務地が封鎖地域内でその日は休みだった者。

 彼らは警戒の対象となり、いじめや迫害にすらあってるという。


 なるほど、そういうこともあるか。


 自分が封鎖地域から生還したと主張する者もいたが、あっという間に立場が悪くなり嘘を吐いたことを認めたという。でも、そいつの立場が元に戻ることはなかったのだとも。


 ま、以前の俺ならムナクソな話を見たと思って悶々としていたかもしれない。でもその人らよりも今の俺のほうがどう考えても大変だしなあ。なんかなんとも思わないわ。

 もし俺が街の外に出られても、そんな未来が待っているということは覚えていたほうがいいかもしれないのだが。


 そんなわけで、世界にとっても俺にとっても激動の一週間が過ぎた。

 ま、俺は最初の三日は寝てたけどな。




 そして五月八日。


 今日は休日だ。休日とは。

 体を休める日だな。自発的にそう決めた。東のショッピングモールに行って、本屋に寄るのも悪くない。でも俺は西へ自転車を漕いでいた。自転車を使うほどの距離でもなく、すぐに堤防が見えてくる。


 自転車を降りて堤防に登る。眼下に川が見えた。例の封鎖された橋がある境界線の川ではない。それはもっと西、対岸に見える隣街の向こう側だ。すぐ北には隣街に渡る橋も見える。


 あの日以来、こうして隣街を直接見るのは始めてだ。写真では見ていたが、それは西側からの光景だ。東側から見ても、隣街の状態はひどい。爆撃にでも遭ったかのような惨状だ。

 ネットでも散々議論されていたが、現代日本の街が地震でここまで壊れることなどあり得るのだろうか。地面が揺れたというより、地中で何か爆発でも起きたのかと考えてしまう。


 スマホのカメラで対岸の街を撮影した。

 なんのためにっていうと、ネットにアップするためにだ。いや、別にいいね数を稼ぎたいとかそんなんじゃない。

 これからの生活、暇潰しに承認欲求を満たすのも悪くないとか思わなくもないがそれはそれ。


 目的は救助要請だな。ちゃんと調べれば俺がこの街からネットを見ていることは分かるはずだが、悪戯だという先入観があるとそこまで調べてくれない可能性がある。そのまま電気が止まったりしたらお手上げだ。

 スマホのアンテナは相変わらず死んでいるので、帰ってからPCにデータを移すつもりである。


 SNSで目立てば、マスコミ辺りが話を聞いてくれるかもしれない。崩壊した隣街。これを東側から撮影するのは外部からは不可能だ。勝算はある。


 更に、隣街にも生物の目撃情報が出ているのだ。残念ながら女子高生ではない。鳥が飛んでたとかその程度。西の境界線の川幅は非常に広い。対岸の生物なんて、なんかの見間違いの可能性も高い。これはついでだな。


 生物の写真が撮れたらラッキー。もし見かけたら、少し危険だが橋を渡って見に行くだけの価値はある。


 鳥には悪いんだけど、危険な場所と安全な場所の境界が分かるかもしれないし、是非とも頻繁に飛んでてほしい。

 いや、俺なんかが思いつくくらいだから、境界線に動物を突っ込ませるとか、とっくにそういう動物実験は行われているだろう。当然ながら世論の反発が予想されるので、やるとしても極秘にやってると思う。

 あ、それなら死体が消失するかどうかも調べられるじゃないか。うわー残酷。ヒデーこと思いつくなあ。抗議しなきゃ。


 そういや封鎖地域でヘリやドローンが飛べないのって、揚力を得られないからって説があったな。

 鳥はどうなんだ?

 境界線では空気密度が低いから生物が死ぬって話を見たときは「それだ!」って思ったんだけど、死体消失の理由には全くなってなかったわ。振り出しに戻る。


 スマホを下ろしてぼんやりと正面を見た。

 そして、対岸のビルにそれは居た。


「…………? えっ!?」


 今にも崩れそうなヒビだらけのビル。

 その屋上に立ってこちらを見ている。


 鳥じゃない。人だ。


 女子高生、でもないよな?

 噂の女子高生は黒髪で色白の肌っていう目撃証言がある。


 逆の色だった。

 日焼けしたような小麦色の肌。褐色肌っていえばいいのか?

 そして長い髪は真っ白だ。銀髪というのかもしれないが、なんとなく白髪という表現が似合う。『しらが』じゃないよ。『はくはつ』な。


 同じか? 違うよね?


 あと着てるのも制服じゃない。なんかよく分からん服だ。

 遠いからはっきりとは分からないが、俺はその人物を女性だと思ったしなんなら美人だとも思った。

 風になびく白い髪が本当にきれいだったからかもしれない。


 見えたのはほんの一瞬だ。俺がその人物に気付いたとき、すぐに消えてしまった。

 屋上の奥に引っ込んだのだろうか。

 それとも幻覚だったのか?


 幽霊というのはナンセンス。そんなものはいない。

 いないのだ。


 怖いわけじゃないですし?

 いや、霊とかいたら今日まで俺が地面に落ちてる衣類とかを粗雑に扱ってたこととか、色々とねえ。すいません余裕がなかったんです。踏んだりしてすいません。


 ま、冗談はさておき。

 行くか。隣街。


 川を渡る意味を一瞬考えるが、ここは境界線の川ではない。

 西の境界線はかなり遠い。その距離を考えれば、そこまで危険はないはずだ。

 俺は堤防を降りて自転車に乗ると、橋に向かってゆっくりと漕ぎ出した。

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