第18話 複雑な恋

それからアキオは夜間学校の帰り、駅前のコンビニに日課のように立ち寄り、漫画を立ち読み、友達が居れば朝まで遊んで居なければそのまま帰る毎日。

多部の居る場は避けてそれなりに充実した日々を送っていた。


そんな中、居候の雪哉が驚きの発言。


「俺やっぱ多部さんの事好きだなぁと思うんだけど告白しようかなぁ」と…


雪哉はアキオと多部の関係をまだ知らないので純粋な思い。


それを察したアキオは「いいんじゃない!思い立ったら吉日、頑張って来い」

カッコよくいたいと思う気持ち半分、どうせ俺と結ばれない多部なら万が一弟の様な雪哉と結ばれるならそれでもいいかなと思う気持ち半分で答えた。


「分かった!明日伝えに行ってくる」そう言って翌日から多部の居そうな場所を転々と探し歩き、数日後無事に伝える事が出来た。


しかし、、


結果はノー。


今は誰とも付き合いたく無いとの答えだった。


アキオは複雑な思いを秘めながら雪哉を励ました。


雪哉も流石に若くバイタリティ旺盛な性格、一週間後には立ち直って何かを悟ったのか、「やっぱ家に帰って色々やり直す」と言って去って行った。


後から知ったのだが雪哉は数十店舗を持つイタリア料理店の御曹子だったらしい。


アキオは一時の弟との生活を噛み締めながら雪哉の踏ん切りを見習い次のステップを踏む事にした。


そしてアキオは新しい仕事を見つけて精を出した。


その仕事は電話機のセールス。

商店などの小さな自営業に飛び込み営業を行いホームテレフォンの販売を行う。


中にはNTTから来たなどと嘘をつき地域一斉交換の様に思わせ契約を取ってくる者も。


この様な契約の多くは数回の社内確認やクレジット会社の確認で契約解除と成る。


その為一般的な成約率は契約しても50%以下と低く、度々新聞にも取り上げられる様な悪徳商法とも捉えられていた。


アキオは真面目に事実を伝え商品の強みを訴え、多少金額は他社より高いながらも実直な営業スタイルが功を奏し、成約率が80%と300人程いる営業の中でもTOPクラスで社長賞も貰える程だった。


しかしながら悪い営業の強引な販売で悪徳商法と捉える人も多く、色々な営業が既に何回も販売活動を仕掛けている下町の商店等では逆鱗に触れ、気難しい金物屋の親父にはキレられながら包丁を持って追ってこられる時もあった。


そんな仕事に嫌気をさして地元に戻るとちょくちょくコンビニで多部と出くわした。

まるで俺が来る時間を見計らって来ている様に。


やっぱ俺の事が好きなのだろうか。

と勘違いもしてしまう。。


その後は缶コーヒーを飲みながら1~2時間雑談をして解散という日々が続いた。

凄く幸せを感じる時間、これも悪くないかな。


そんな日々を重ねるにつれ、多くを二人で過ごす時間が増え、ただの友達なのか曖昧な感じの日常に大きな変化をもたらす出来事がやってきた。


まず驚きの変化は文也と優香がいつの間にか付き合っていた事だ。


最初は優香も文也の告白を断っていたらしいのだが文也の猛アタックに折れて付き合う事になったらしい。


後からコソッと文也から聞いたが、付き合う事になって初めて結ばれた時、何故か優香は泣いていたらしい。


その事を文也は今も引っ掛かりを持っているらしいが、優香の献身的な彼女ぶりに惚気まくってもいた。


優香はサバサバしていてクールな感じもあるが実は凄く寂しがり屋で彼氏に依存してしまう事を俺は知っている。


それに対し文也はいつも感情のままぶつかり明るく前しか見ていない。


そんな二人はお似合いだと思う。


俺は文也の推しの強さとメンタルを見習わなければと真に感じた。


そして更に大きな関係の変化が起きる


その文也と優香に加えて俺と多部4人でファミレスで昼飯を食っていた時だ。


「なぁアキオ、目の前の建物見てみ」


「あぁ城みたいだよな、ラブホだろ?」


「そう、地元にもラブホが出来たんだよ」


「この間優香と行ったら室内もめちゃめちゃ豪華でカラオケとかゲームとかもあるんだぜ」


「えー行ってみたい!アキオ行こうよ!」

多部の発言に思わずコーヒを噴出した。


「何言ってんだよ、冗談もたいがいにしろよ!」


「別に冗談なんかじゃないよ、そんな所一緒に行けるのアキオしか居ないし」


「それって。」


「うん、アキオは絶対私が嫌がる事しないから唯一安心できる男だからね」


そういう事か。。


「じゃぁ今から行こうぜ、昼間はフリータイムで長く居られて安いんだ」


「えっ今から?」


「いいね!行こう、行こう」


「4人では入れないので取り敢えず二組で入ってどっちかの部屋に集まろうぜ!」

「そうと決まれば善は急げだ、行くぞアキオ」


善って。。


文也と優香はとっとと会計を払って出て行く。


「待ってくれよ」


ホテルの入り口に着くと煌びやかな建物の印象とは裏腹に入り口はひっそりとしている。


自動ドアが開いて中に入ると色々な部屋の写真が光る大きなパネルがあった。


「これで好きな部屋を選ぶんだよ」

確かに部屋は広々していてゴージャスな感じだ。


「優香、俺らはこの部屋にしようぜ」

2人はいかにもやらしそうなピンクでネオンの様な明かりの部屋を選んだ。


「多部、俺らはどの部屋にする?」


「アキオに任せるよ」


俺は水色ベースの出来る限り明るい雰囲気の部屋を選んだ。


文也達の選んだ部屋で二人になったら流石に理性を保てるかが不安だ。


「じゃあ取り敢えずそれぞれの部屋に入って後からアキオ達の部屋に行くよ」


「分かった、待ってる」

文也達と分かれて多部と二人、自分たちの部屋に向かった。


フロアに着くと307という部屋番号が点滅している扉がある。

俺たちの選んだ部屋だ。


ランプの点滅のリズムの様に自分の心臓もバクバクしている。


「この部屋みたいだな」


「うん」


何だかんだと言って多部も緊張している様だ。


ドアノブを回す。

「ガチャ」、ロックが解除される音と共に扉が開いた。


部屋の電気を点けると広々とした部屋とどでかいベッドとテレビが目に飛び込んできた。


「すごーい、こんなホテル泊まった事ない」


「えっ豪華じゃないホテルは泊まった事あんの?」


「残念ながら。 家族以外とお泊りなんてありませんよ」


「何だ、家族とか」


「アキオってホント素直で分りやすいよね」


「うるさい、押し倒して襲うぞ」


「はいはい、頑張ってみてね」


まるで子供をあしらう様に多部はさっさと部屋に入り色々と物色している。


「ねぇねぇアキオ見て、見て」

はしゃぎながら多部は俺を手招きする。


「思い出ノートだってぇ、何冊もあるよ」

ベットの枕もとの置台に何冊かあるカラフルなノートには可愛い文字で沢山の日記が書かれている。


「この人達は今日ここで付き合う事に成ったんだって」


「この人達は今日ここでお別れだって。」


「同じ場所なのに人によって状況は様々だし感じ方もそれぞれなんだよね」

さっきまでおふざけモードだったのに急にシリアスな顔をしている。


そんな多部にますます引き込まれていく。


理性大丈夫か。


「文也達まだ来ないね」


「そうだね、内線で連絡してみたら」


「部屋番号何番だっけ?」


「503号室だよ」

内線を掛けると優香が出た。


「あ、アキオ君、なんかねぇ一度部屋から出たらもう部屋に入れないんだって」


「だからアキオ君達の部屋に行って扉を開けるともう出なきゃならなくなるんだって」


「えー!」


「文也に代わるね」


「アキオ、俺らは今日ずっとここに居るから二人は適当に帰ってよ」


「適当って言われても」


「つう事で俺と優香はこれからラブラブモードに成るから邪魔すんなよ!」

といってガチャリと切られてしまった。


「あのさ、多部、部屋の出入りは出来ないんだって、だから文也達も来れないって」


「ふーん、仕方ないね」


「一通り見たら出よっかね」


「えっ?もったいないよ、フリータイムって10時まであと6時間居られるみたいだよ」

「何か用事あるの?」


「別に俺はないけど。。」

「多部は平気なの?」


「大丈夫だよ、週末だし最近親もうるさく無くなったから遅く成っても平気」

その言葉をどう受け取ればいいんだ…


「取り敢えずなんか飲もうか?冷蔵庫に色々売っているみたいだから」

冷蔵庫を開けるとプラスチックの蓋が団地の様にブロックになっていてそれぞれにボタンが付いている。


俺は緊張を解す為にビールを選んだ。


「私もビールでいいや、そんなに飲めないからそれ一緒に飲も」

俺の口の付けたビールを横取りしてグビグビと飲み始めた。


「おいおい、そんなに飲むなよ、無くなるだろ」


「ケチ!」

何て可愛いんだ、でもこれ以上惑わすのはやめてくれ、生き地獄のようだ。


「ねぇアキオ、カラオケ歌おうよ」


「OK、準備すんね」


2人はベッドの上で踊りながら熱唱した。

人生で一番楽しい時間だ、ずっと続いて欲しい!

気が付くと二人で飲んでいるビールは3缶目に突入していた。


「疲れたぁ、眠くなってきちゃったよ」


「そっか、じゃぁ少し寝る?、まだ3時間位ホテルは平気だけど」


「うん」


「じゃぁベットは多部が使っていいよ、俺はソファでゴロゴロしているから」


「ホント、ありがとう」

多部はベットに潜り込むと部屋の明かりを暗めに設定した。


俺も少し酔いはあるもののアドレナリンが体中を走りまくり到底寝れそうもない。


寝転がるには少し窮屈なソファで斜めになりながら部屋にある日記を読んでいた。


「今日私たちは3年越しに結ばれました。

色々な障害があって友達関係も壊れたりしたけど準君と今日結ばれた事でこの3年間が無駄ではなかったんだって、本当はもう限界で神様を恨み生きているのを止めようかと思っていたけど、こうして準君の横で寄り添って寝られる事が出来て反省と感謝しかありません。

神様ありがとう、そしてこれから今まで傷を付けてしまった人達や世間様の分も一生懸命生きて色々な人達の役に立って行けるよう二人で頑張ります。みゆき。」


このカップルにはどんな3年間があったのだろう。

好きな人と結ばれなくて死にたくなる気持ち分かるけど、俺はホントにそこまで人を愛せるのだろうか?

間違いなく多部は人生最大に愛している人だ。

でも何回も失恋し、友達が告白すると言えば辛いけど身を引いてきた。

もしあの時絶対に渡さない!と多部を取り返す行動に出ていたら多部は喜んだのだろうか。

でも俺には出来ない。

多部が本当に好きだから多部が望む相手であれば結ばれて幸せになってくれればいいと真に思う。

俺には多部を満足させられる程の力は無い事も分かっているから。。


「ねぇアキオ、その体勢痛くない?」


「あれ、起きてた?」


「今起きた」


「だよね、イビキ煩いし寝っ屁こいてたし」


「うそ?」


「うそだよ」


「サイテー、大っ嫌い」


「そんな事で嫌いにならないでよ」


「罰としてこっち来て私の横で寝なさい!」


「えっ」


「そこで丸まってるアキオ見てると痛々しいし、優雅に寝ている私が悪女みたいじゃない」


「そんな事はないけど」


「何?嫌なわけ?」


「そんな事無いけど、多部は嫌じゃない?」


「そんなの嫌だったらそもそもここに居ないし、アキオの事信用しているって言ったでしょ。」


「では宜しくお願い致します」


「花嫁か!」

多部がベットの布団をパンパンと叩きここに来いと合図をくれる。


何て男気、もとい、頼もしい女性だ。


布団に入ると今まで寝ていた多部の体温が伝わる。

そしていつもと違う多部の香りが胸を更に熱くさせる。


「うん、これで案じて寝れる」


俺は目がより冴えているが。。


「おやすみ、アキオ」


多部が俺の肩に寄りそう姿勢で寝始めた。


近い、いや既に顔と顔がくっついているではないか!


パニック状態の俺を差し置き多部はスース―と寝息をしだす。


腕は変な位置にあるが動かせば多部の体を触ってしまう事になりそう。


仕方なく体制を維持して出来る限り動かず多部の寝息を聞いている。


こんな状態耐えられるのか!と思っていたらいつの間にか多部の寝息を子守唄に俺も寝落ちしていた。


「ねぇ」

多部の声が聞こえて目が覚めた。


目を開けると枕もとに多部の顔が。


近い!


「どうした?」


「何かね、凄く落ち着くの、最近あまり熟睡出来なかったからこのまま朝まで寝たいな」


「家は平気?」


「大丈夫だよ、さっきも言ったけど前に家出してアキオにかくまって貰った時から少しづつ自由にしてくれる様になったから」


「俺は別にいいよ、文也達は帰ったのかなぁ」


「分からないけど2人は私達はとっくに帰ったと思っているだろうね」


「そうだよな」


「じゃぁフロントに連絡して宿泊出来る聞いてみるね」

宿泊変更は可能だった。


フリータイムの3倍位の料金になるらしくチト痛かったがこんな幸せな時間が続くなら安いものだ。


元の体制に戻ると多部が凄く優しい目をしていた。


「アキオ、ありがとね一緒に居てくれて」


多部はやはり俺が好きなのだろうか。


今なら告白してもOK貰えそう。

でも怖い、この時間を無くしたくはない。


「あのさ、私アキオの匂い好きなんだ」


「えっ臭う?」


「匂うよ、アキオの匂い、優しい匂いがするんだよ、だから凄く落ち着くの」


ヤバい好きすぎて心臓が破裂する。

俺も多部の香りが好きだ、顔も性格も生き方も全部大好きだ。


ふとお互いのオデコが触れた。


多部はそのまま動かない。


多部の体温がより伝わってくる。


俺は好きの限界を超えた。


おでこを押すと多部も押し返してくる。


段々と顔全体がくっついていく。


俺はそのまま唇を重ねた。


多部は逃げなかった。


そのまま二人はずっとキスを繰り返しギュッと抱きしめあった。


多部の体温が洋服越しに全身に伝わり幸せを名一杯感じた。


そのまま朝を迎えて気づいたら二人ともキスのし過ぎで唇が腫れている。


互いの顔が外光を浴びてその状態を確認すると二人で腹を抱えて笑いあった。


初めてのラブホ、そして多部と二人で迎えた朝。

人生最高の日だ!


勿論キス以上の事はせず相変わらずの童貞君のままであるが自分では大きく皮がむけた一日と成った。


「なぁ多部、やっぱ俺ら付き合わない?」


さっきまでの笑いは途絶え沈黙が走る。


「俺凄く多部が好きだよ、絶対に大事にする」


「うん、アキオは大事にしてくれると思う。」


「でも…」


「でも?」


「俺のこと好きじゃない?」


「好きよ」


「じゃぁ」


「少し時間が欲しい」

「やっぱり怖いの」


「何が?」


「何か形を作るといずれかは壊れると思うの」


「だから大切にするよ!約束する」


「私は今のアキオが好き、現状も」

「とにかく少し時間を頂戴!1週間以内には返事するから」


「分かった、いい返事待ってるね」


ホテルを出ると目に痛いほどの日光が襲う。


ついさっきまでの幸せの絶頂から不安な気持ちと疲労感が絶大な脱力感として体に宿る。


ますます多部を理解できなくなった。


1週間後、部屋の窓に小石が当たる。


多部が答えを持ってやってきた。


「アキオ、待たしてごめんね」

「凄く考えた。考えて考えて…」


「やっぱりアキオと付き合うのは無理、ごめんね。」


またフラれてしまった。。


「理由聞いてもいい?」


「理由は…」


「苦しいの、アキオと付き合って凄く楽しいし幸せになるかもしれないけどやっぱり怖いし、苦しいの。」


涙を浮かべながら訴える多部に何も言えなかった。


そしてアキオ達は再び距離を置くことにした。

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