第15話 再開
M&Aを断った俺は必死に働いていた。
いや、正確には「俺達」だ!
風間を始め幹部は勿論、新入社員達迄が我武者羅に働いて会社を盛り返していた。
真夏のアスファルトが焦げる薫り漂う炎天下の中、うちのエースが帰ってきた。
「吉崎ただ今戻りました」
中堅の社員が新人と共に大型案件の商談から戻ってきたのだ。
「吉崎、どうだった?」
管轄の部長が恐る恐る聞くと吉崎は親指を立てて「受注確定です」吉崎と新人が満面の笑みで返していた。
ここの所、大型案件が立て続けに決まり、厳しい状況から抜けられそうな所まで業績は回復していた。
コロナ禍で自粛が続いていたが、殆どの社員がワクチン接種を済ませ、世間も落ち着き始めているので俺は思い切って希望者を募り決起会に出向いた。
若手社員も参加し、2年近く自粛が続いていた中、身近で会話をする事が無かった若者達が、可能性に溢れた純粋な目の輝きを放ち、こちらの方が鋭気を養わられた。
とは言っても若手は緊張からか会話が弾む事は無いので結局幹部と固まり、相も変わらず仕事の話に夢中になっていた。
すると今日、大型案件を決めた吉崎が酒を注ぎに回って来た。
「おう、吉崎!おめでとう!」
「有難うございます」
吉崎は照れながら頭を下げる。
「俺の方に注がさしてくれ」
俺は吉崎から瓶ビールを取りテーブルのコップを渡して注いだ。
「恐縮です」
今度は真剣な表情で吉崎は頭を下げた。
「君達の頑張りでどうにか会社は盛り返して来れた、本当に有難うな!」
「とんでも無いです!社長が寝ずに毎日必死に頑張っている姿を見てたら自分達も何かしなきゃ収まらない感じで自然とがむしゃらに成っていただけですから」
「俺を泣かせる気か?まぁ飲め、飲め!」
俺は照れを隠す様に吉崎に酒を注ぎ自分にも注いで改めて乾杯した。
「仕事は楽しいか?」と聞くと吉崎は満面の笑みで「スっごく楽しいです!」と返してきた。
「大変な事もあるだろ?」と少しは相談して貰おうと投げかけてみたが「大変な事もやり甲斐を演出してくれますから」と大人な答えが返ってきた。
「そうか、流石だな! でも行き詰まった事とかあったら何でも相談しろよ!」と言うと意外な質問が返ってきた。
「一つ聞きたい事があるのですが社長は何故ご結婚されないのですか?、相手に困る感じでは無いと思いますが」
「まぁ色々とな、 しかし急展開の質問だな」と笑いながら軽く流そうとしたが吉崎が真剣な目をして食らい付いて聞いてきた。
「教えて下さい!今結婚を考えている人が居るのですが悩んでいます。
自分も社長の様にバリバリ働いて成功したいのですが、やはり家庭は邪魔になりますかね?」
人生の重大な選択をしようとしている吉崎にはしっかりと答えてあげなければ成らない。
「仕事が忙しくても家庭が重荷に成るとは考えていないよ、逆に大切な人を守る為にやり甲斐を持つ人も多いと思うし」
「では社長は何故?」
「俺は恋愛が不器用で何かに集中すると疎かになってしまうので上手くいかないんだよ」
「上手に出来ない事で若い時に大切な人を傷つけてしまったから臆病になっているんだろうなぁ」
俺は情熱的な吉崎にしっかりと伝えたいと思い、熱く真っ直ぐに恋をして色々な事に熱中していた10代最後の頃を想い返した。
恋愛はもうしたくないと恋から逃げていたあの頃を。
多部と別れて半年に成ろうとする誕生日近く、俺はヒロや光輝達と毎日の様に連み男臭い毎日を過ごしていた。
別れてから暫くはかなり落ち込み引きずっていたが仲間達の馬鹿さ加減が処方箋となり少しずつ前向きさを取り戻していたのだ。
仕事も啖呵を切って辞めた後、直ぐに期間限定のボウフラ退治の仕事を見つけ汗だくになって働いた。
新宿区役所に原付で向かいそこで防虫剤をタップリと入れたタンクを積んだ2tトラックに同乗し色々な現場に向かう。
現場に着くと金属製のタンクに消毒剤を詰めて背負って住宅街を歩き、雨水が流れ込む集水マスに消毒剤を撒いていく。
漏れの無い様に住宅街の道を一本一本丁寧に左右共に確認しながら歩く。
初夏を過ぎる頃は背中に背負うタンクの重さと暑さで意識が朦朧に成る程だったが、一人黙々と行う仕事は今の俺には丁度良かった。
仕事が終わるとそのまま学校に通った。
そして学校が終わり地元に帰るとルーティンの様に仲間が集まる溜まり場に行き、夜中まで談笑して、寝る間も惜しみ忙しいながらも充実な毎日をお過ごしていた。
毎日汗だくで無精髭も生え、不潔感満載の男に近寄る女性もおらず、全く色気の無い青春だ。
正直女性とはあまり関わりたくも無く、男友達と馬鹿ばかりしている環境が楽しくて仕方なかった。
そんな俺の誕生日を祝ってくれるのは勿論いつもの野郎達だ。
ヒロと須田が色々と企画を練り、光輝達が実行部隊と成り派手な誕生会を開催してくれた。
溜まり場となっている駅近くコンビニ2階の喫茶店を貸し切りサプライズパーティーをやってくれたのだ。
ヒロから誘われ喫茶店に入るといつもは賑わっているお店が何故か二人きりだった。
すると店員がメニューを持ってきた。
中を見るとそこには何故か
須田 おさむ
二宮 光輝
岡本 文也
吉沢 成也
石野 和人
早瀬 瑛太
橋田 タケル
菊池 豊
と仲間の名前が描いてある。
「何これ?」
と訳が分からず聞くと
「まぁとにかく選んでみてよ」
とヒロがニヤけながら即してきた。
「じゃぁ光輝かな」
と恐る恐る選ぶと
「光輝頂きました〜」とホストばりの掛け声をヒロが叫ぶ。
すると
「カラカラーン」と入り口の鈴が鳴りスーツ姿にキメた光輝が薔薇を持って入ってきた。
「おめでとう〜アキオ!」
光輝が薔薇の花束を俺に投げ、それをキャッチした瞬間厨房から文也、成也、和人が、裏口から須田が、トイレから早瀬、橋田、菊池が飛び出て一斉にクラッカーが鳴り響いた。
「おめでとう〜!」
凄く臭い演出のサプライズパーティーであったが俺の為に皆んなが色々準備してくれたのが凄く嬉しかった。
喫茶店の一面のガラス窓から差し込む太陽の眩しさと仲間達の優しさに俺の目は細まるばかりだった。
ヒロや須田が色々と企画したゲームも皆で堪能し喫茶店のマスターが腕を振るったご馳走も平げあっと言う間に時は流れて気がつけば閉店の時間になっていた。
皆まだ解散を惜しむ中下のコンビニ前で溜まっていると背中に視線を感じた。
そこには多部と優香が立ち、複雑な再会の物語が始まった。
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