第2話 美織スピードダッシュ(2)

[2]

 美織は、倒れた拍子に、電源系のどこかが壊れてしまった様でした。

「はいはい! 男の人は、出て行っておくれやす」

 芳翠先生は、騒ぎに驚いて駆けつけた経理の田中さんや、出入り業者の亀屋製菓さんを追い出して、稽古場の障子を閉め切りました。

 そうして、美織の着物を肩まで降ろすと、狩野さんが、柔らかな肩のパネルを外して、壊れてしまった小さなスイッチを交換しました。

「割れました」

「部品を考えておくれやす。人騒がせな」

「考えます」

と悦子お姉さん。

 パネルを戻して、タブレットを使って再起動すると、半眼でいた美織は、ぱちっと目を見開き、いきなり叫びました。

「はっ! 美織、どないなってん?」

 いきなり電源が切れたために、メモリーが飛んでしまった様でした。

「もうええ。今日はもうよろしいよって。あんたも今日は休みなはれ」

 芳翠先生が言いました。

 おばあさまも鬼ではありません。



「あと一週間や」

 居間に戻ると、芳翠先生は、悦子お姉さんに言いました。

「泉涌寺さんのお茶会までに、どうにかしてもらいます。それが出来なかったら、可哀そうやけどあの子は返品や」

「そんな、おばさまぁ!」

 さすがの悦子お姉さんも必死でした。

 美織は、注目され過ぎていました。

 ここで返品されては、商品開発プロジェクトそのものがひっくり返ります。近江工業が倒れかねません。

「あんたも、好きでこの道に進んだんやろ。技術者やったら、これくらいの課題は乗り越えて見せなはれ」

 という事で、悦子お姉さんは、最後通牒をつきつけられてしまいました。



 そういう訳で、悦子お姉さんたちは、一旦、工場に帰ることになりました。

 お屋敷には、一応、ヘルパーさんが来ることになりました。

 因みに、美織たち介護ロボットの仕事は、実は介護ではありません。介護は人間の介護師の仕事で、ロボットの役割はその支援です。

 でも、芳翠先生は、元気かくしゃくで介護師はついていませんし、お屋敷は養老施設でもありません。

 そういう次第で、明日から来るヘルパーさんは、近江工業の職員の「仮想ヘルパー」です。美織のためのヘルパーなのです。

 文字通り、人間がロボットを介護するようなものでした。

「あんた、VIP扱いやで」

 悦子お姉さんたちを玄関前のアプローチで見送って、朋美は、かたわらの美織に言いました。

 美織は、カクンと首をうなだれてしまいました。

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