第9話 魔石採掘②

 坑道の入口は重厚な両開きの扉で塞がれていた。

「閉まってるけどこじ開ければ良いの?」

「バカ言ってんじゃ無いわよ。カイン」

「分かってる」

 カインは採掘許可証を取り出して扉の前へとかざすと扉は重々しい音と共に開いていく。

「おおー!」

「坑道の中には魔物が巣食っていますから街まで出て来ない様にこうして魔術の施された扉で塞いでるらしいですよ」

「色々考えてて凄いね!」

 リリィに説明されてアネモネは更に目を輝かせる。

「ほら、さっさと行く」

 シェリーが急かして、四人は魔石の鉱山へと足を踏み入れた。

「わあー!魔石のおかげで明るい!」

 坑道は所々崩壊しない為の補強が施されているだけの洞窟で、松明やランプの類いは無いが壁や床、天井に散りばめられた極小の魔石の粒が洞窟内をうっすら照らしていた。

「この先の広間はもっと凄いですよ?」

「ほんと!?行こ!早く行こうよ!」

「うふふっ、足元に気を付けて下さいね」

 無邪気にはしゃぐアネモネをリリィは微笑ましそうに並んで進み、そのすぐ後ろをシェリーとカインが着いていく。

「うっわあ〜!」

 その光景にアネモネは感嘆の声を上げる。

 しばらく進んだ先には開けた場所が有り、それまでの仄かに照らす程度の輝きでは無く雲一つない夜空に輝く星々の如く幻想的に煌いていた。

「すっごい!すーっごいー!」

 アネモネはより一層はしゃいでくるくると回り飛び跳ねる。

「めちゃくちゃ騒ぐわね」

「僕達も昨日来た時には似たような感じだったじゃないか」

「ア、アタシはあんな子供みたいにははしゃいでは無いわよ」

「ふふっ、でも尻尾は元気良く振られていたと思いますが」

「リリィまでからかわないでよ…………アネモネェ!あんまし離れるんじゃ無いわよ!」

「はーい!」

「ほらっ!二人もさっさと行くわよ!」

 そして遂に採掘が始まった。

「よっと!アネモネ、魔石採れたよ!」

「はーい!」

 魔石を見つけ採掘したカインの下へアネモネは駆け寄り背中の袋を背負ったまま差し出しカインはその袋へと魔石を入れる。

「リリィ!そっちから来るわよ!」

「はい!」

 そして周囲を警戒していたシェリーが魔物を察知して叫ぶとすぐさまにリリィがメイスをを振り上げ突撃する。

 魔物はリリィのメイスを食らって断末魔の叫びを上げる間も無く一撃で沈む。

「…………恐ろしく順調ね」

 他に魔物が居ないのを確認してシェリーは杖を下ろし呟く。

 アネモネの背負う袋は未だ三分の一も満たしてはいなかったが既に昨日シェリー達が最終的に持ち帰った魔石の量を大きく上回っていた。

「魔物が増えては来ましたが難なく対処出来ていますね」

「深い場所は分からないけどこの辺りはスライムに、名前は分からないけど蜥蜴や蝙蝠に亀の魔物くらいしか見かけないね。どれも強くは無いけど亀の魔物は石みたいに硬くて剣ではあまり戦いたく無いかも」

「あの亀はアタシの唯一の魔術のファイアボルトがいまいち効かない感じだから嫌だわ」

「あれは確かストーンタートルと呼ばれる魔石や鉱石を餌とする魔物ですね。火も刃も容易くは通らないでしょうから余裕があれば私が対処します」

「リリィのメイスは刃こぼれとか気にしなくて良いよね。僕の剣は中古で既にボロボロだからいつまで使えるか怖いよ。既に刃溢れも結構しちゃってるし…………」

 重い魔石は全てアネモネに運ばせているのでシェリー達は魔石の重さに囚われる事も消耗する事も無く万全の状況で魔物と戦う事が出来ていた。

 迅速に対処出来るので遭遇頻度が増えても囲まれたりする事も無い。

「それにしても昨日の時点でアネモネと組んでおくべきだったわね。昨日のアタシ達の苦労は何だったのかしら」

 今日の呆気ない順調さにシェリーは昨日の苦労を嘆く。

「あれはあれで貴重な経験さ。冒険者たるもの失敗の経験でさえ何物にも換え難い貴重な財産だよ」

「そんな物より百億ドラゴ欲しいわ」

「ふふふっ、軽口を叩ける程に余裕が有るというのは喜ばしい事ですね。アネモネさんは大丈夫ですか?」

「うん!まだまだいけるよ!」

 アネモネは苦も無さそうに軽々と揺らしてはいるが中の魔石は重々しい音を立てている。

「それにしてもやっぱり凄い力持ちだね」

「リザードマンの方々は怪力揃いとは聞きますがここまでとは…………」

「うぐっ!?へ、変かな?」

 引きつつも感心するカインとリリィの反応にアネモネは前の港街で共に働いていた者達に疑われかけた事を思い出し背筋が凍る。

 もし人では無いと思われたり怖れられたりしよう物ならばこれ以上シェリー達とは居られなくなるのだ。

「変でも何でも良いんじゃない?役に立ってるんだから気にするだけ無駄よ」

「シェリーちゃん…………!好きっ…………!」

 至極どうでも良さそうに返すシェリーの態度がアネモネにとっては嬉しく、アネモネは思わずシェリーへと抱き付いた。

「うげっ!?うぎぎぎ…………アンタ魔石担いだまま抱き付くんじゃ無いわよ!」

 シェリーは押し退けようとするが魔石の重さも加わった重量には勝てず押し倒される。

「アネモネ、そのままだとシェリーが潰れちゃうよ」

「あ、ごめんつい」

 カインに言われようやくアネモネは離れた。

「ったく…………確か少し戻った所に開けた場所が有ったわね?体力には余裕は有るけど少し休憩しない?」

「そうですね。昨日の二の舞は嫌ですし慎重に行きましょう」

 アネモネ達は腰を下ろし一休みする事にした。

「いやーやっぱり働くっていいね!労働こそ人の美徳!」

 アネモネは魔石の詰まった袋を背負ったまま腰を下ろし、ニコニコとご機嫌に笑う。

「なに気持ち悪い事言ってんのよ。ほら、アンタも飲みなさいよ」

「ありがと!」

 シェリーはアネモネを気味悪そうにしながらも、水の入った水筒をアネモネへと投げて渡す。

「んぐ…………ぷはっ!ところで他に魔石を掘っている人は見かけないね?ギルドには沢山の冒険者の人が居た筈だけど…………」

「普通はこんな浅い場所で掘らないのよ。もっと坑道の奥、純度の高い魔石を掘らないとその日の食費と宿代を稼ぐのでやっとだもの」

「普通は山の様な魔石を担いで戦うのも坑道を歩くのも無理だしね。アネモネのその力とタフさは冒険者の前衛としては凄く羨ましいよ」

「そうかな?えへへ」

 カインの言葉にアネモネは照れて笑う。

「てかこのまま冒険者になっちゃえば良いじゃないの。その力が有れば大抵の魔物はぶっ殺せるでしょ?」

「いやあ…………私そういうのはちょっと」

「シェリーさん、戦いを強要するのはあまりよろしく無いですよ?」

「ま、それもそうね。アタシもアンタみたいに力に優れた獣人に生まれたかったわ。こんな半端な獣人じゃなくてね」

 シェリーはどこか憂いた表情でアネモネのご機嫌に揺れる尻尾を眺める。

「でもシェリーのお耳としっぽ可愛いよ?」

「可愛さなんて要らないわよ。アンタの生まれた環境は知らないけどアタシの生まれ故郷は獣人の扱いは良く無い感じだったんだから面倒の方多かったのよ」

 シェリーは不機嫌そうに言う。

 獣人は比較的少なく、地域によっては一人も居ない村も珍しくは無く、少ない故に獣人の扱いも千差万別になっている。

 獣の部分の多い獣人な程に身体的に大きく優れている為に優遇される事は多いがシェリーの様に一部だけでは迫害の対象になる事も多い。

「そうなんだ…………ごめんね…………」

「さほど気にして無いわよ。それにナメたマネした奴らは容赦なくブチのめして来たからさほど気にしてないし」

「そうだね。シェリーがもしアネモネみたいな力持ちだったら間違い無く死人が出るし今のままが一番だよ」

「失礼な。そうなったら手加減して頭をカチ割るわよ」

「まずカチ割るのを止めようよ……」

 カインは顔を引きつらせて笑った。

「シェリーさんは耳と鼻が効くおかげでこれまでの旅路でもこの魔石の採掘でも魔物から奇襲を受ける事も殆ど有りませんしとても助かってますよ?」

「それでも血の濃い獣人や鍛えた普通の人間の奴らと比べると余裕で負けるわよ。さて、そろそろ休憩も充分だしもう一稼ぎするわよ」

 立ち上がり否定するシェリーだったがその尻尾は軽やかに左右に揺れていて機嫌が良さを露わにしていた。

「そうだね。もう一踏ん張りだ」

「既に今日の宿代と食費分は有る筈です。焦らず慎重に行きましょう」

「がんばろー!」

 シェリーを除く三人はそのご機嫌な尻尾に気付くが口には出さないでおき、アネモネ達は再び魔石の採掘を再開する。

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