第13話一番大事な仕事の基本~その十二~

「あまりに驚いてしまって声もでないが、

 お前がこんなところにいるのか知らないが、そんな理屈や道理は見当たらない。

 ああ、それとこんばんわ。俺はこんな夜には布団の中が一番だと思うがな」

 とりあえず一番確認したいことを最初に訊いた。 

 その後に相手の言葉に適当な返事を返す。

 そして何より挨拶を忘れていけない。これはとても大事なことだからだ。

 挨拶は人間関係の基本であり社会生活の基礎だ。

 相手が誰であれ挨拶をされたら挨拶を返す。そこに疑問や疑念を挟む余地はない。

 これができるかできないかの違いは人間と猿ほどに大きな差がある。時と場合と都合によってはそれ以上に。

 

 もう遅いが本来の順番とは逆になり礼を欠い態度なのはわかっている。

 だが今更そんなことを気にするような間柄でもななければ、こんなことでいちいち目くじらを立てるような奴ではない。

 この男、ラルキュリドア・エン・ヘルシャナハトは。

 長身で細身ながら軟弱さなど微塵も感じさせない、限りなく鍛え込まれた肉体。

 その身体を何やら知りたくもない愛着があるらしい、いつもと同じく限りなく黒に近い紺色の背広で包んでいる。

 端正な白皙の顔立ちを際立たせる使い込まれた真鍮のような少し癖のある金色の髪。

 しかしその顔色は血の通わない透けるような美しさを思わせる白ではなく、血の通ったどこか病的なものを思わせる白さだった。

 その病人のような白い顔に不釣り合いな、爛々とした生命力に満ちた青い湖の色をした瞳をこちらに向けて言葉を返す。

「言葉を発した時点で矛盾が生じているのが実にお前らしいな、つくも。

 質問の答えだが別に理由なんてない。

 たまたまいい夜だからと散歩に出たら妙なところに迷い込んだ、と言ったら納得してくれるかな?」

 俺としてはその言葉に頷いてこのまま仕事を続けたい。

 しかしそんなことはする訳にもいかなければできる訳もない。

「その言葉が本当だろうと嘘だろうとこのあと何事も起こらななけば。

 もしくはこのあと起こるをお前が責任を持って処理すると言うのならそれで納得してもいい。

 と本心から言いたいのは山々だが、何をしたのかしに来たのか、まだ何もしてないのかこれからなのか、どうだろうと何だろうと、こちらにとって見過ごせない問題だ。今は真面目に仕事をしている最中なんだよ」

 これ以上無駄な韜晦ではぐらかすようなら即座に一撃いれられるように身体を極限まで脱力させる。

「真面目とはこの世界で最もお前に似合わない言葉の一つだな。 

 さっきのは冗談だが嘘ではない。本当にな。

 俺がここにいることは

 別になんてことのないごく個人的な俺自身の事情からくる理由でここにいる。

 それでも疑われるのは悲しいが、

 こいつどころか誰に言われるまでもなく、こいつの姿を確認したときには既に九区利は八方手を打っている筈だ。

「じゃあ物見遊山で来たのか。いよいよ殴りたくなってきたな」

「それはやめてくれ、間違いなく半分以上正解だからな。

 それにお前はそれに間違いなく半分以上正解だ。、それも一切容赦なく。

 とは言っても遊び半分でここにいるわけじゃない」

 こいつこそ真面目という言葉から最も縁遠いところにいると思うがそこまで言うならと、鵜呑みにする気は全くない。

 こういうときは出来るだけ会話を長引かせて情報を引き出すのが定石ということは知っている。

 よし、無理だ。考える前に結論が先にでた。

 だがその必要はなかった。というよりもっと早い段階で必要なことがあったのだ。

 それはさっきから九区利と亜流呼が早く訊けとしつこく急かしてくる事項に今になってようやく思い至る。

「それじゃあお前が――」

 そう口を口を開いたそのときという地下にいる者なら本能的に恐怖を感じずにはいられない、腹に響く大きく重い音と身体そのものを揺らす強く激しい振動が地下全体に轟いた。

 今まさにこの施設の地上部分が丸ごと吹き飛んだかのような。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る