第36話邂逅、そして会敵の朝✗36

「随分とお楽しみのようだじゃないか。ねえ、違うのかい? いや、私にそう見える。故に私はそう判断を下す訳なのだが、君は果たしてどう思うのかね? いま現在のこの状況を。なあ、キルエリッチャ・ブレイブレド隊員?」

 お説教の始まりを告げる弔鐘は、そんな厳格を具現化しような声を皮切りに始まった。

 私の背後に立っていたのは、我が隊の頼れる隊長にして規律の鬼かつ規則の悪魔。

 ヴァルレカラッド・イーソス御隊長のお姿だった。

 振り向かずとも誰かは分かっていた。

 そして振り向けば予想通り、ヴァルカ隊長がそこにいた。

 そうして振り向いて目が合った瞬間に、先ほどの言葉が狙い過たず私に向かって飛んできたのだ。

 ヴァルカとの説教プレイの始まりだよ、やったね私。

 などと考えている場合でない。

 そんな不埒な思考は冗談すら許さぬ厳しい光りが、ヴァルカの両の瞳には宿っていた。

 その瞳が私を見据え、輝きが私を捉えて離さない。

 私がアーサを見つめ鑑賞する際の煌めきとは、まったく別種の輝きだった。

 それもまた当然だ。

 これから始まるのは隊のみんなならば誰もが彼もが恐れおののく、スーパー説教タイムなのだ。

「はい。そのようなことは滅相もありません。ヴァルカ隊長」

 いくら私でもこのときばかりは縮こまり、大人しく返答を返すしかない。

 それだけのプレッシャーが、いまのヴァルカにはある。

 そんな私を、ヴァルカは冷厳なる眼光で見詰めていた。

 先ほどまではまったく違う意味で、色々と漏れそうだ。

 ヴァルカの立ち姿はまさしく威風堂々。

 流石は我が小隊一の大きさを誇るだけはある。

 どこがとは、具体的には言わないが。

 たわわに実った張りのある両の乳房や、垂れることなどありえない引き締まったお尻のラインなど。

 そんなことはとても口に出せる雰囲気ではない。

 女性としても大柄であり体格に恵まれたヴァルカだが、いまはその実体以上に大きく見える。

 ヴァルカより放たれる威圧感が、私の目を錯覚させているのだ。

 それはまるで聳え立つ山のような存在感だった。

「ゔぁ、ゔぁるかぁ」

 そこに息も絶え絶えで弱々しい、アーサの声が滑り込む。

 アーサは両手を交差させ、自分のお腹のまわりに手を添えていた。

 その顔は赤く、目は焦点を結んでいない。

 私がそんなアーサの扇状的な艶姿を見ることが出来たのは、ほんの瞬きにも満たない瞬間だけだ。

「ああ、アーサ。大丈夫かい? いや、これは見るからに大丈夫ではないな。その様子ではそう判断せざるをえんな。だがもう安心だよ、アーサ。アーサをいじめる、私直々に説教と折檻を叩き込んでおいてあげるからね」

 そうヴァルカがアーサの言葉に応えるために、一瞬だけ私から視線を外した。

 シャッターチャンスだ!

 上官を目の前にして、顔を背けるなど言語道断。

 だが私はヴァルカの気が逸れた一瞬の隙をついて超高速で首を振り、アーサの姿を網膜と脳に焼き付けたのだ。

「ひゃぁい、たいちょう。ありがとう、ございますぅ」

 呂律が回らないままでも、ちゃんとアーサはヴァルカに応える。

 本当にいい子だなぁ、アーサは。

 そんないい子にさっきまで悪戯、もとい好き勝手していたのは誰だろうか。

 本当になんて羨まし・・・・・・・・・じゃなくて、許せない。

 おのれ、この、私がゆ” る ”さ ”ん”。

 とは言ってもこの怒りを向ける相手は、紛れもなくこの私自身に他ならないのだが。

 一方ヴァルカのほうと言えば、アーサの言葉に慈母の如き表情でうなずいている。

 いつも元気一杯で素直、そして純真無垢なアーサは隊の末っ子的存在として、あれやこれやとみんなから可愛がられている。

 そこに嫉妬心などありはしない。

 私の愛するものが、みんなからも愛される。

 これほどまでに素晴らしいことが他にあろうか。

 いや、ない。

 あるはずがない。

 私はそう、断言出来る。

 そうして私は心のなかで、うんうんと納得してうなずく。

 そこにヴァルカの視線が再び私に戻ってきた。

 その目には、一片たりともは慈悲ない。

 私とアーサ、同じひとりの人間なのにどうしてこうも扱いが違うのか。

 まあそんなこと、訊くまでもなく私が一番理解しているのだが。

「それではいよいよお前の番だ。キルエリッチャ・ブレイブレド隊員。さあ、説教と折檻を開始しよう。観念と認識の準備はいいかね、キルエリッチャ・ブレイブレド隊員?」

 そうしてこの隊における本物の鬼による、悪魔の時間が始まったのだった。

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