第29話邂逅、そして会敵の朝✗29

 私は自分のあまりの不甲斐なさに打ちひしがれていた。

 そしてそこから生じた粗忽さと迂闊さを、全力で後悔した。

 その理由は単純明快にして明々白々。

 それは勿論ただひとつだけの理由。

 私がいま抱える問題にして課題。

 アーサの明るい顔に、陰を作ってしまったこと。

 私がいますぐ解決すべき解答。

 アーサの眩しい笑顔に、陰りをもたらしてしまったこと。

 無理をしてでも形作ったぎこちない微笑みで、こんな私を気遣う優しいアーサ。

 その姿は自業自得の具現となって、私の心を押し潰す。

 私は自分が恥ずかしく、顔を上げることが出来ない。

 その様子は自縄自縛を顕現し、私の心を苦しめる。

 私は自身が情けなく、アーサの目を見られない。

 アーサにはいつも通り、天真爛漫に輝く笑顔でいてほしいのに。

 真夏に咲き誇る向日葵のように、元気いっぱいに笑っていてほしいのに。

 ――この日以降、私は女性を花に例えることは絶対にしないと誓うことになる。

 しかし、望んでばかりでは何も得ることは出来ない。

 願っているばかりでは、何も手に入れることも出来ない。

 こんなとき、私の持つ異能は何の約にも立ちはしない。

 私の能力は、私自身を助けてくれたりなんかしないのだから。

 所詮私の力は模倣と臨写の複製品。

 一度ほつれたひととの絆を、結びなおすことなど出来はしない。

 一度犯した失敗を、やりなおしてはいけないのだ。

 いわんや、時間を巻き戻すことなど、だ。

 如何に私の情念と一念を以てしても、時間を戻すことは叶わない。

 残念な、非常に口惜しく無念なことだが。

 そもそもそんなことが可能な能力者など、過分にして聞いたこともない。

 時間を自由自在に操るなんてとんでもない。

 いまの私が望むような、ほんの僅かな時間遡行さえ不可能だ。

 それはひとに許された領分を遥かに超えた力。

 、絶対の不文律。

 時間とはただ過去から現在を挟み未来へと向かう、森羅万象あまねくものを押し流す無情なのだ。

 だが、もしも、だ。

 もしも私に、そんなことが可能なら?

 果たして私は、どうするのだろうか?

 いまこの状況を、どう変えてしまうのか?

 これから先は、仮の話だ。

 まったくの、想像の世界に過ぎない。

 それでも、もし過去に戻れるなら。

 もし時間を逆行出来るなら。

 タヌキにしか見えない青い猫型ロボットよろしく、コンビニ感覚で現在より過去の世界に行けるとしたら。

 まず間違いなく私は数分数十秒前を通り越して数年前、子供の頃のアーサに会いに行く。

 これはもう、確実にそうすると断言出来る。

 私のなかにある女の子の確信が、声を大にして叫んでいる。

 幼さと幼気さがいまでも残る、現在のアーサも勿論好きだ。

 愛していると言葉にしても、何ら差し支えない。

 だが、私の守備範囲を甘く見てはいけない。

 私の欲望と愛情を以てすれば、如何なる年代のアーサを愛することなど造作もないのだ。

 そうして本当に幼い時分のアーサの許へと足を運び馳せ参じ、そこで改めて、

 そしてそこから始まる、私とアーサの新たなる愛の軌跡。

 そう、これはあの極東の国に伝わる物語。

 日出処、日の本の国に遺る古典文学。

 奥ゆかしく慎ましやかな風情を持つ人々が、いまなお愛する愛のかたち。

 私はそれを読破したとき、途轍もない感動に襲われ感涙にむせび泣いたものだ。

 そしていつの日か、機会が訪れチャンスがあればと決意したのだ。

 私が暇さえあれば思考をこねくり回し、今日の今日まで温めきた本作戦。

 それを、実行に移すときがきたのだ。

 かの有名な青田刈り・・・・・・・・・ではなく、あの歴史的な『光源氏計画』を!

 そのためにはまず、周囲に怪しまれないようアーサに声を・・・・・・・・・。

「ねー、キルッチー。キルッチにも、あたしもそろそろキルッチとお話したいなー。そうやって下向いたまんま、。だからさ、

「ああ、そうだなアーサ! そうだたとも!」

 私は頭上から降ってくるアーサの不満げな声を聞くやいなや、撥条ばね仕掛けのからくりのように顔を撥ね上げる。

 そのときの私の顔はきりっとした表情を保てていたか、私自身にも自信がない。

 だがそうだった。

 私がすべきことは、ありえない過去を夢想することではなかった。

 いま現在私の目の前にいるアーサの、心配の種と不安の芽を取り除く。

 それこそが、いまを生きる私が最優先ですべきことのはずだった。

 それが何故途中から、意識が過去へと飛んだのか。

 それはアーサは勿論のこと、そして私自身にとっても永遠に答えのでない問いだった。

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