第19話邂逅、そして会敵の朝✗19

「・・・・・・・・・アーサ」

「ひゃあん!」

 私は抜き足差し足忍び足で、ゆっくりとアーサに近づいていく。

 そのままアーサの隣に隙間なく立ち、その可愛らしい耳許へと自らの唇をそっと寄せる。

 そうして吐息を吹きかけ撫でるように、小さく彼女の名前を囁いた。

 その際、アーサの形のよい耳を甘噛みしたい衝動にかられたことは言うまでもない。

 その結果が、アーサのあげた艶を含んだ濡れた悲鳴であり。

 その成果が小動物のように壁際で縮こまっている、いまのアーサの姿だった。

 これがまた実に、何とも言えずにのだ。

 普段活発で元気に溢れた少女が見せる、怯え怖がる幼気いたいけな姿。

 その様子に、私のなかの嗜虐心がむくむくとそそり立っていく。

 いつもの私ならこの機を逃さず、一気呵成に責め立てる。

 しかし、いまだけはぐっと堪え我慢するしかない。

 何故ならついいましがた、ヴァルカに極太の釘を刺されたばかりだからだ。

 それでも私は自分のあげた戦果に大満足して、大きくひとつ頷いた。

 心のなかの私は、誰はばかることなくガッツポーズを決めている。

 そして表の私は何食わぬ顔で、アーサへと向けて手を差し出した。

「大丈夫か? アーサ」

「大丈夫じゃないよ! 驚いたよ! 一瞬誰かと思ったよ! だけどよく考えなくても、こんなことするのはキルッチだけって気づいたよ! まったくもう! あんまりびっくりさせないでよね、あたしがびっくりするから」

「ああ、済まない。もうしないよ。だからそんなに怒らないでおくれ、アーサ」

 と、いまだけは言っておこう。

 それにしてもアーサ、何だかさり気なく酷いことを言われたような気がするが、それは気の所為ということでいいんだよね?

「別にj怒ってないよ。だから謝ったりしなくもて大丈夫。なにせキルッチのやることだしね」

 もう既に気持ちを切り替えたらしく、アーサは私の手を素直に取った。

 そうして立ち上がりながら、そんなことを言ってきたのだった。

 ・・・・・・・・・本当に気の所為にしていいんだよね? アーサ?

「だけどキルッチの所為で、ヴァルカに怒られちゃったよ。そこだけは言いたいことがあるかな」

「それは誤解というものだよ、アーサ。ヴァルカに注意される起因となったのは、私じゃないよ」

「じゃあ、誰の所為のなのさ」

 この場にいるのは私とアーサのふたりだけ。

 そのふたりが同時に怒られ、きっかけが私じゃないというがもたらす答えはひとつしかない。

「それはね、アーサ。君が悪いのだよ」

「なんであたしが!」

 それはね、アーサ。君が可愛すぎるのがいけないのだよ。

 しかし、ヴァルカの見解は違ったようだ。

 アーサの声に反応したヴァルカが、高射砲のように素早く首をこちらに巡らす。

 それに気づいた私とアーサは目を合わせ、全力で明後日の方向へと目を逸らしたのだった。

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