清楚系地味子だった元カノが小悪魔系ギャルになってお隣に引っ越してきた件。

mty

第1話:隣の彼女

 「忘れられない恋」というものをしたことはあるだろうか。


 俺にはある。それは中学の時。当時お付き合いをしていた同級生の女の子にどうしようもない運命を感じていた。

 お互いに好き同士。この上なく幸せな時間だった。このまま未来が続いて、いつかは……なんて学生にありがちな妄想を恥ずかしげもなく俺も彼女も口に出してはお互いの気持ちを確かめ合っていた。


 しかし、中学の時に恋人がいた大多数がその恋人といつかは破局する。そのまま大人になって、結婚なんていうのは今時、夢物語に近いだろう。あっても数パーセント。ガチャでお好みのキャラを一発で引き当てるよりも難しいかもしれない。

 結局のところ、俺たちもそうだった。残念ながら、あんなに運命を感じていたというに俺たちは高校生どころか、中学生のうちに別れてしまった。


 原因は、ケンカ別れ。これまたありがちなものだった。最後の最後、お互いが我慢していたことをぶちまけあって、言い合いをした。離れ離れになった直後は清々するとさえ思ったほどだ。


 きっと彼女もそう思ったことだろう。

 それでも、あれからいくつかの季節を越え、高校二年生になるほどの月日が経ってわかったことがある。

 あんな別れ方をしたとはいえ、俺は彼女と出会えてよかったと思っているし、今でも彼女との思い出がふとした時に蘇る。


 今にして思えば、彼女の横顔や落ち着いた話し方。何気ない仕草まで。清楚で柔らかな雰囲気を纏う彼女は俺の理想そのものだった。

 要は未練があった。情けないことにな。


 しかしながら、人間というのは過去の恋を美化する傾向にあるのかもしれない。

 これは俺の主観であり、客観視した時どうもズレが生じるというものだ。

 だって──。


「あー、もうホント最悪! なんで隣なんかに……」

「それはこっちのセリフだっての!!」


 俺の記憶にある清楚系天使だった元カノと今隣にいる小悪魔系ギャルのコイツは似ても似つかないからだ。運命の残酷さを呪った。


 *** 


 麗かな春の訪れ。桜が舞い散るこの季節。春は別れの季節でもあり、出会いの季節でもある。

 始業式が終わり、一週間が経った。残念なことに俺に新しい友人はできていない。

 幸いなことに親友とも呼べる悪友が同じクラスなのでそれ以上のものを求めるつもりはなかった。彼女が欲しいとかも特に思っていない。

 今日もいつも通りの変わらない日常が始まるものだと思っていた。


 朝、自然と目が覚めた。俺こと、綾辻綾人あやつじあやとは朝食のトーストにジャムを塗り、朝のニュースで流れる占いをぼーっと見ていた。

 どれどれ。


『今日の星座占い1位は蟹座のあなた!』


 テレビから朝の顔、女子アナウンサーの元気な声が聞こえてくる。その端正な顔立ちと清楚な雰囲気から今人気急上昇中のアナウンサーだ。何を隠そう俺もファンである。やっぱ女の子は清楚な子に限る。


 占いなんて信じちゃいないが、それでも1位であれば信じたくなるのが人間というものだ。しかも、お気に入りの女子アナがそう言うんだ。間違いなく、今日の俺は運が良い。


『蟹座のあなたは昔の恋人と運命の再会を果たすかも! ラッキーアイテムは折りたたみ傘! ラッキーカラーはピンク!』


「……」


 親切なことに最近の占いは、ラッキーアイテムとカラーの二つを教えてくれるらしい。

 それにしても昔の恋人ね……。

 俺はカバンに折りたたみ傘を入れた。天気予報でも今日の天気は一日晴れ。占いなんて信じちゃいないが念のためね……? 俺が信じるのはあの女子アナの笑顔のみ。後、花粉が今日は酷いそうだ。


 俺は花粉症のため、マスクといつもはしない伊達メガネを付けて、狭いアパートのワンルームを後にした。


「ん?」


 部屋を出たところで隣の住人も同じように出発しようとしているのに気がついた。

 そう言えば、昨日引越ししてきていたな。挨拶はまだだったが……声をかける気にはなれない。

 その理由は俺がコミュ障だからでも俺の見た目が怪しいからでもない。明るい髪色に着崩した制服。耳元からはピアスが光り、短いスカートを翻す彼女はまさしく、ギャルそのものだった。


 「うぇ」


 思わず、声が出た。そう、これは拒否反応である。

 俺は所謂、陽キャというものが苦手なのだ。


 うるさいし、下品だし、ズケズケと踏み込んで欲しくない領域に簡単に足を踏み入れてくる。遠慮のない人間ほど、厄介なものはいない。俺みたいな地味な人間にとっては良い印象を持つことも持たれることもないということだ。それに……過去にはいろいろあったのだ。

 ともかく、その代表格であるギャルももちろんのことその対象に入る。


 制服はうちの学校のもの。まさか同じ学校の女子がこんな安アパートに引っ越してくるなんて思ってもみなかった。セキュリティなんて下の下だぞ。大丈夫かよと少し心配になる。

 しかもギャルということで薄い壁の向こうで騒がれたら嫌だなという気持ちになった。さらに言えば、こっちの音だって丸聞こえになる。歳の近い女子にはなんとなく聞かれたくない。……別に深い意味はないぞ。


 それでも横顔でもわかる彼女の美人具合に思わず見惚れてしまった。そこになぜか懐かしさのようなものを感じた。


 はっ!? 俺としたことが。


 彼女は俺の視線に気がついたのか、こちらを一瞬チラッと見ると顔をしかめてこう言った。


「……サイアク」


 そしてすぐに背中を向けて歩き出した。


 なんだ、あれ? いきなり、初対面の相手に言う言葉ではない。

 こっちだってそう言ってやりたい。あのギャルが隣に来たことによって絶対に俺自身に不幸が舞い降りることを予感した。


 しかし、よくよく考えてみれば俺の格好も悪かったかもしれない。

 今の俺は前髪が伸びきって目元が隠れているし、伊達メガネにマスクまでしている。恐ろしく怪しい。

 明らかに嫌そうな顔だった。俺みたいな地味な男とは分かり合えるはずの存在ではないといった拒否反応。


「まぁいいや」


 それはこちらだって同じ。

 別に美人でもわざわざ苦手なギャルと仲良くするつもりはないので構わない。負け惜しみじゃないからな。

 そう切り替えて、俺も学校へ向かおうとした──。


「ッ!?」


 が、問題が一つ。歩き出した彼女の後ろ姿のある一点に俺の視線は吸い寄せられた。


 どうしよう……スカートが捲れ上がって、パンツが丸見えだ……。

 くっそ!! なんで……なんでギャルのパンツってあんなテカテカなんだ……。


  これは違う。決してそういうんじゃない。これは不可抗力だ。視界に入ってきたんだ。だって、歩くためには前を見るしかないんだから。

 見てはいけないのに見たい。そんな衝動に駆られながらも、視線を何度も反復させる。


 しかし、このままでは彼女はあの素敵なショーツを引っ越してきたばかりのご近所に公開してしまうことになってしまう。


 そんなことになれば、彼女は外に出ることはできなくなるだろう。親切は己に返ってくるものだ。教えてあげねばなるまい? 何回もチラチラ見てしまい、目線を逸らすことができないからではない。決してない。

 でも、どうやって声をかける? 相手は敵意を剥き出しだ。


 ──パンツ丸見えですよ?


 ダメだ。これじゃあストレートすぎる。


 ──その色、俺は好きですね。


 ああ、どうしよう変態だ。


 ──俺は完全に見えているより、チラリズムの方が好きです。


 これじゃあ、ただの性癖暴露だろ! 馬鹿か!!


 クッソ! どうやっても変態っぽくなってしまう。これムリゲーじゃ……?

 しかもヘタなことを言えば難癖をつけられるに決まってる。なんたって相手はギャル。俺の天敵だ。

 あ、いや、待てよ。これはもしかして言わなくてもいいんじゃないか?

 俺がこっそりと近づいて、その捲れたスカートをスッと戻してやれば……万事解決だ! これしかない! そうと決まれば、すぐに実行だ。もう彼女はアパートの出口にまで差し掛かっている。急いで追いかけねば!


 俺は彼女に気取られないように素早く、かつこっそりと近づき、アパートの敷地から出ると同時に追いついた。


 そしてスカートにゆっくりと手を伸ば──ガシッ。


「!?」


 腕を掴まれた。

 俺はゆっくりと顔を上に上げていく……。

 そこには汚物を見るような冷たい眼差しが俺を突き刺していた。


「朝っぱらからいい度胸じゃない。この──」

「ま、待て!? 話し合おう。これはごか」

「変態────ッ!!!」

「ぐぼぁ!?」


 回し蹴りを喰らった。


「ふん!!」


 彼女はそのまま俺の方を一度も見ずに走り去っていった。

 スカートは周り蹴りの拍子に戻っていた。


 ああ畜生。俺が何したって言うんだ。親切は己に返ってくる。そんなことを言った馬鹿を殴り飛ばしたい。


 しかしだな。今度は正面までがっつり見えた。リボンまで鮮明に。男はなぜ女性の下着についているリボンに魅力を感じるのか。永遠のテーマである。


 くそ、痛い……それにしても、何がラッキーカラーだ。

 やっぱり占いって信じられない。


 俺は未だ痛む顔を押さえながら学校へと向かった。


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