第59話 〜お兄ちゃんは憂鬱なようです〜

 日はすっかり沈み、夜の帳が空を覆っては、ポツポツと星が輝き始める。


 キミーと別れ、正門を閉めた俺たちは、残りは警備兵たちが討伐し終えたのか……魔獣の居なくなりはしたものの、昨日とは打って変わって静まり返った街を、トボトボと歩く。

 結界の一部が解けていた西側は、魔獣による被害はかなりのもので。露店の商品や瓦礫ばかりか、パッと見ただけでもドアの壊れた店の中や、住居なども荒らされていた。


 そんな中、俺たちは避難所へと向かう。それは何故か。一時、行方不明になっていたこのはた迷惑な妹を探すために、一旦別れていた幼なじみを迎えに行くためだ。


 そんな俺と妹は、今まさにとてつもなく憂鬱な気分であった。


「あー……、どうすっかなー」

「絶対怒るよねー、イオ……」


 俺たち兄妹は、俯きながら歩く。

 心配性の幼なじみだ。こんなボロボロな俺たちを見て、どう思うだろうか? まずは心配してくれるだろう。そして安堵した後に小言から始まり、そこから数十分……いや、下手したら数時間のお説教コースは確定だ。

 そう考えると、気分的なものや、疲労的な意味。そんな色々な理由や意味合いで、この目の前の緩やかな坂を登る一歩一歩が非常に重い。


「うだうだ言ってねーで、さっさと歩けバカ兄妹」


 盛大に舌打ちしながら、今にも後ろから喝を入れるために、ロキからの蹴りが背中へ跳んできそうだ。

 そんなロキをなだめ、疲れきった俺たちの心を癒してくれるのは、例によってセージだった。


「大丈夫ですよ、お二人とも。事情も事情でしたし、イオリ様もきっと分かってくださいますよ!」


 ロキはともかく、セージに励まされる。セージくん……お兄さんは嬉しくて、ちょっと涙が出てきちゃいそう。


「それに僕も、お二人には助けられました。もし怒られる時は、僕も一緒に怒られます」


 そう言って、微笑みを浮かべるセージ。ヤバい、優しすぎてお兄さんはマジで泣きそうよ。


「ありがとなー、セージ。……ところで、お前は天使かな?」


 真顔で問いかける俺に、妹が即座にツッコミを入れる。


「ヒロくん、大丈夫? 疲れてるの? 天使じゃなくて、神様だよ」

「あぁ、そうだな。神様の間違いだった。スマン、セージ」


 俺と妹は、それぞれ片方ずつセージの手を握っては、拝むように深〜く頭を下げる。ありがとうセージしん様。心なしか、後光が見えてきます。


「『』、ですか……」


 セージの顔が一瞬曇る。俺たちは首を傾げて、そんなセージを見上げる。


「え、嫌だった? やっぱり、天使の方が良かったか?」

「『神様』は最大級の褒め言葉だったんだけど……ダメ?」


 俺はともかく、妹の捨てられた子犬のような上目遣いに、セージが慌てて笑顔で返す。


「い、いえ! 神に仕える神官としては、不敬にあたりそうで……その、ちょっと不安になっただけです。お二人の言うとおり、最大級の褒め言葉として、ありがたく受け取らせて頂きます」


 なるほど、確かに。神に仕える神官に対して『神様』は、ちょっと失礼だったかもしれない。今度からは気をつけよう。


 そうこうしている間に、避難所が見えてくる。

 俺と妹は互いに顔を見合わせては覚悟を決め、心配しているであろう幼なじみの元へと向かうのだった。






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






 窓の外には月が登り、部屋の中は一つの発光石によって、ほんのりと照らされている。


 そんな中。赤と白を基調としたドレスに身を包み、絹のように透き通るほどの長く美しい白髪の女性が、瞼を伏せて座っている。女性はティーカップを片手に、二人の少年少女の言葉に耳を傾けていた。


「――――以上が、先程から頂いただよ、お嬢様」

「後ほど、からが届く予定よ、お嬢様」


 少年が先に言葉を発し、その後を少女が引き継ぐ形で淡々と会話が進む。

 灰色がかった白髪に、碧眼の瞳。背丈もほぼ同じな上に、瓜二つな顔の二人。見た目からすると、10歳前後だろうか? まるで対のお人形のような二人の大まかな違いといえば、それぞれの髪の長さと着ている服装くらいだろう。

 少年はボブヘアーに、膝丈ほどの長さのズボンの執事服。少女は腰近くまであるロングヘアーに、ゴシック調のメイド服。それぞれが、その容姿や幼さに見合って仕立てられた服装だ。


「にわかに信じ難いことだけど、どうするの? お嬢様」

「もし彼らがだったとしたら、どうするの? お嬢様」


 二人の問いに、女性は静かにティーカップを受け皿に置くと、伏せられていた深紅の瞳で二人を見つめる。


「……そうですわね。一度見極めてみましょう。上手く行けば、その報告の方々はわたくしたちにとって、とても頼もしく、心強い味方になることでしょう」


 女性の言葉に、二人は顔を見合わせてから頷く。


「分かったよ、お嬢様」

「分かったわ、お嬢様」


 そうして一礼すると、二人は部屋の外へと出ていく。


 女性はそのまま視線を窓の外……月へと移すと、口の端を軽く上げて微笑む。


「報告にあった方々、近々お会いしてみたいものですわ」


 そうして机の引き出しから紙とペンを取り出すと、手紙を一筆したためる。

 数分して書き終えると、素早く封筒に入れては、蝋を溶かして封をする。そして冷めぬうちに、家紋の施されたシーリングスタンプを押す。


「ふふっ、楽しみですわね」




 赤の蝋に押された家紋それは、太陽をモチーフとしたものだった。

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