第17話 〜お兄ちゃんは友人に出会ったようです〜

 突然少し前にいたセージが、俺たちの数メートル後ろまで吹っ飛ばされた。原因は、今俺の視線の先にいる、妹とさほど体格が変わらなく、深くフードを被った子供による飛び蹴りをモロに食らったためである。

 俺と伊織は一瞬固まった後に、フードの子供を見たが、すぐに慌ててセージの方へと駆け寄った。


「おい! 大丈夫かセージ!!」

「ちょっ、セージさん大丈夫ですか!?」


 セージは足跡のくっきりとついた腰の上辺りを、軽く擦りながら起き上がると、「いたた……あ、大丈夫です」と笑う。……が、最後は顔面から地面にスライディングするように止まったために、せっかくの綺麗な顔と白を基調とした衣装が泥だらけになっていた。


 そんなセージのことなどおお構いなしに、子供はズカズカとセージに近づくと、胸ぐらを掴んで勢いよく自身の眼前へと近づける。


「こん……っの馬鹿が! お前は『』から、なにも言わずに一人で出歩くなって! 何度言えば分かるんだ馬鹿! いつになったら学習するんだ、この馬鹿が!!」


 子供はその体格や細腕には見合わないほどの力で、両手でセージの胸ぐらを掴んだまま、セージを自身の頭上まで持ち上げて前後にガクガクと揺さぶりながら罵倒し始めた。


「ご、ゴメンね『』……!」

「『ゴメン』で済むなら街中探し回ったりしねーよ、クソが!」

「え? 僕の事、探しててくれたの? やっぱりロキは優しいね!」

「うっせー! この脳内花畑野郎が!」

「えへへ、ありがとうロキ」

「だぁーっ! 僕は怒ってんだっつーの!!」


 若干会話が噛み合ってないように見えるが、コレはコレで仲良し(?)なのだろうか……?


 俺は「はいはい、ごめんよぉー」と言うように、手を叩きながら二人に割ってはいる。そしてセージの肩をちょいちょいっと指でつつき、少し離れた場所で小声で恐る恐る聞いてみる。


「あの〜、セージさん……? もしかしてこちらが……?」

「はい、僕のです!」


 それはそれはもう、大層嬉しそうに微笑みながら言い切った。

 俺は内心大きなため息をつきながら、額に手を当てる。


(いや、まぁ……セージの話を聞いてなんとなくは想像はしてたけども。これは予想より上というか、なんと言うか……)


「めちゃくちゃ、元気なやつだな……?」

「はい、ロキはとても元気です!」


 セージは大きな声でハッキリと言った。別に俺も褒め言葉の意味で言った訳でもない。つまり世間一般的に言うお世辞、というやつだ。しかし純粋なセージは言葉をそのままの意味で受け取り、それが火に油を注ぐとは微塵も思わずに返事した。


「んだゴラァ! おいセージ! テメーまだ話は終わってねーからな!!」


 かなりハッキリと言ったのだ、聞こえるのも当然だ。ロキと呼ばれる子供の怒りはまだ全然収まってはおらず……。寧ろ事態はさらに悪化し、伊織に抑えられながらもセージに指を差す。終いには舌を出しながら、中指を立て始めた。


「やめろ! むやみやたらと、人に中指を立てるんじゃありません!!」

「何だと!? ガキは黙ってろ!」

「ガ……!?」


 俺、神崎八尋。今年21歳になった成人男性。自分より歳下であろう子供に、久々にガキと言われた。現実の世界では普段社会の波に揉まれていたせいもあってか、はたまた死んだような魚のような疲れきった目が原因なのか。実年齢より上に見られることが多かった。同僚や先輩からは成人式の時は「お前未成年だったのか」と顔をされ、純粋な小さな子供からは「ありがとうオジサン!」と澄み切った瞳で言われて、ガラスのハートが地味に傷ついていた。


 何が言いたいか? つまり俺はどうやら実年齢より、多少なりとも老け顔だということだ。


 それが今、妹とさほど変わらなそうな……高い声からしても明らかに子供な、このフードを被った人物に『ガキ』と言われた。


(ガキ、ガキか……。それならせっかくだから某製薬と同じ苗字の声優のスネークさんや、『ハァーイ、ジョージー』みたいな渋い声の方々に言われてぇな……)


『ブチッ』と、俺の中の何かが切れた音がした。このわけの分からない世界に来てから、ずっと我慢してた何かが爆発した。


「あ、ヤバい……」


 さすが血縁。どうやら俺の異変に、誰よりも早く気づいたようだ。妹は伊織の腕を掴むと、少し離れて隠れる。


「最近は『オジサン』って言われることは多くても、『ガキ』って言われるのはなかなか無かったな……ガキか……うん、ガキ、ねぇ……」


「セージさん! こっちこっち!!」と、妹はセージをやや引きずり気味に物陰へと連れていく。


 街の人は俺とロキという人物を中心に、様子を見てる人や野次馬の人々によって円を描くように皆離れている。


「あ? なんだテメー? 僕とやり合おうってのか?」

「いや、別にやり合おうなんて思ってはいないさ……ただ」

「『ただ』……? なんだって言うんだよ?」

「『』呼ばわりは最近慣れてきたけど、ガキに『』って呼ばれるのはオニーサン慣れてないからさー……」


 俺は構えるポーズをする。


「とりあえず『』と、思ってな」


 俺はセージの友人……ロキと言う人物に睨みをきかせる。




 ロキは……一瞬、ヤヒロの殺気に喉を鳴らすと「おもしれぇ……!」と片方の口角を上げ、ギロリと睨んで自身の拳を強く握る……!!




 二人の間には静寂な風が流れ、どこからかこぼれ落ちる水滴が、まるで合図のように響き渡る。




 ほぼ同時に反応した俺たちは互いの拳が触れる……その寸前……――――――っ!!




「ちょっ!? 大丈夫ですかセージさん!?」

「セージさん鼻血出てるよ!? 止血止血!!」

「あ、お構いなく! 先程転んだ時に、軽くぶつかっただけです」


 セージが鼻を抑えながら、首を横に振る。その手の隙間からは、赤い液体がこぼれ落ちていた。


「いや! あれ全然軽くじゃなかったですよ!?」

「とりあえず止血しようよ! 宿のおじさーん!」

「あの、そ、そんなに慌てなくても……」

「「セージさんとても綺麗な顔してるから! 勿体ない!!」ですよ!!」

「とりあえず鼻の止血と、他に怪我がないか見ましょう」


 そう言ってトントン拍子で宿の中へと進んでく三人の行動に、俺とロキは拳が触れる寸前で止めた。


 そして互いに目を合わせる。が、先に口を開いたのはロキだった。


「……ったく、んな茶番やってられっかよ。シラケたわあの馬鹿のせいで!」

「同感だな。この勝負はお預けってことでどうだ?」

「どうでもいいよ、あのアホの面倒見ねーとだし」

「そうだな。とりあえず今回は手打ちってことで」


 ロキは大きく舌打ちするとセージたちの後を追い、セージの脇腹に肘鉄を食らわせる。


 俺はそれを見守りながら口元をゆるめると……、――――――速攻脳内会議にシフトチェンジした!




(いやー! マジで危なかった!! 死ぬかと思った!? ロキアイツ余裕でセージ持ち上げてたじゃん! 格ゲーやサバゲーで技や型をかじって、学生時代に友達ダチと戯れて遊んでたくらいの俺で何とかなるわけねーよな! 無理無理無理無理! 絶対無理!!)


 勢いとはいえ、何とか命知らずのことをしようとしたのだ俺は! 馬鹿馬鹿馬鹿!




 ふと、少し離れた路地から子犬のような生き物が『ヘッヘッ』と、舌を出しながら俺を見ている。目が合ったかと思えば、俺を嘲笑うかのように『ワン!』とひと鳴きすると去って行った。


 俺は空を見上げて星を仰ぐ。薄暗くなってきたために、星々が徐々に輝き始める。




「はぁ〜。マジで死ぬかと思ったわー……」

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