5章 戦火への凪 04

 伝言の通り北門へと向かうと、待っていましたとばかりに門兵がサリアの元へと駆けてくる。

 その姿に片手を上げて制すると、門を開けるようにと門兵へと伝え、本人はそのまま北門の開門を待つ。


(このタイミングで商隊……ですか)


 ゆっくりと開いていく門を眺めながら、考えを巡らせる。

 街道の安全が確保出来たという事実については、未だ公表出来ていない。

 別段秘密にしていた事ではない故に、どこかでその情報を得たのかもしれないが、それにしてはあまりにも動きが早すぎる。サリアでさえ昨夜その情報を得たばかりなのだ。

 となれば、考えられるのは二通り。

 一つはウルスキア配下の商隊。

 もう一つは街道の状況を知っていながらもやってくる博打打ち、か。

 ベルベッタの話ではその商隊は馬車20台近くにもなる大商隊だそうだ。

 ウルスキア配下だとすれば数が多すぎる気もするが、かといって馬車20台にもなる商隊で博打を掛けるのかと言われると、それも違うのではないかと。

 結局、答えの出ぬままに北門は開門され、サリアの面前には確かに長く続く馬車の列が現れた。

 ゆっくりと門外へと歩き出すと、護衛としてか門兵が3人程付いて来てくれる事に安堵を覚える。

 連なる馬車の列の先頭、そこに一人の男が立っている事が見えた。

 お互いがお互いの表情を確認できる距離まで歩みよると、まず声を掛けたのは商人だ。


「お初にお目にかかりますサリア様。私はマリホーと申します」


 わざとらしい程に芝居がかった動作で恭しく頭を下げて見せるマリホーに対し、サリアも同じくわかりやすく鷹揚に頷いてみせる。


「貴方がこの商隊の代表ですか」


 サリア本人は面倒だと思ってはいるが、これも慣例、様式美のようなものだ。

 この流れを知らぬ商人は門前払いをされるものだし、知らぬ為政者は商人から軽い目で見られる。

 一連の流れを知るという事は、少なくとも駆け出しの商人ではないという事の示唆でもある。

 なにより、彼はサリアの名を口にしたのだ。。

 領主の娘という立場である故に名を知っている事はあるだろうが、直接会った事の無いはずの彼女をサリアだと断定するにはそれなりの情報が必要だ。

 それだけの経験を積んだ商人であれば、ここで博打を打つ必要など無いだろう。

 となれば、ウルスキアの配下か。


「残念ですがマリホー殿、今は貴方達を受け入れる事はできません。その理由は貴方達商人の方が良く知っているとは思いますが」


 この言葉は事実だが、流通の麻痺による食料事情よりも今の状況でウルスキア配下の物を城壁内に入れる事は不安要素でしかない。その辺の事情はさとられないよう、あえて濁した言葉で相手の出方を見る。


「勿論、存じております。ですから、来たのです」


 商人の言葉には力があり、目には自信に溢れている。

 それは自分の目論見は正しかったと、成功を確信している者の目だ。

 マリホーは言う、食料が無いと分かっているからこそ、来たのだと。

 その一言に、何を持ってきていたのかは予想出来なくもない。が、それが逆にサリアを混乱させる。

 もしそれが、彼女が予想しているものだとしたら、ウルスキアの配下であるはずがない、と判断しているからだ。

 あり得ない、と思いつつもそれを確かめる方法は一つしか無い。


「積荷を見せていただけますか」

「勿論でございます」


 サリアへとそう応えると、マリホーは先頭の荷馬車から一つの布袋を持ってこさせる。

 それは何の変哲もないごく一般的な布袋だが、前に出た門兵が受け取りサリアの前で開けてみせると、サリアは大きく目を見開いた。 


「これは!」

「どうでしょう。今のダッカスに、最も必要なものではありませんか?」


 布袋の中身は彼女がまさかとは思いつつ、しかし可能性が高いと思っていた物……を更に超える物だった。

 それは製粉済みの麦。

 両手を広げ自信満々にそう投げかけるマリホーに対し、サリアは暫く返事を返す事が出来なかった。


(まさか製粉済みとは)


 どうやら自分の予想が外れたのだなと、サラサラと手から流れ落ちる粉を手に取りながら、そう考える。

 食料の価格は不足しているからこそ釣り上げる事ができる。

 しかし一度に大量の食料を供給してしまえば、その時は大きな利益を得る事ができるだろうが不足状態を維持できなくなる。

 しかも製粉済みだというのがそれに拍車を掛ける。

 麦は必要な時に製粉するのが一般的だ。

 穀粒の方が粉よりも保存が効く上、製粉には費用も掛かる。故に輸送する際も基本的には脱穀した麦をそのまま持ってくる物だが、彼はそれをあえて製粉した状態で持ち込んできた。

 長期保存の必要はなく、且つ持ってくれば持ってくるだけ売れると確信してるからこその製粉済みなのだろう。

 なにせ穀粒と粉とでは一度に輸送できる量に雲泥の差があるのだから。

 手元の袋を再度確認した後、長く続く馬車へと視線を向ける。

 積荷は恐らく麦だけではなく塩漬けの肉などその他の食料もあるのだろうが、それが20台分。

 ダッカスの住民全てに行き渡らせるとすればまだまだ十全とは言い難いが、しかし危機的な不足状態からは脱する事ができる。

 逆を言えば、ダッカスにおいて食料を高値に釣り上げる事ができなくなるという事でもある。

 ウルスキア配下であればそのようなことは間違いなくやらないだろう。

 となれば、サリアとしては信じがたい事だが、この商人は彼女が一度思考の隅へと追いやったそれをやってのけたという結論に至る。


「……商人は博打をしないと思っていましたが、随分と思い切った事をしましたね。噂は聞いているのでしょう?」

「はい。ですがその噂、私には全く恐ろしいものではありませんでしたので」


 一世一代の大博打に勝った男、そうマリホーを評価していたサリアだったが、マリホーがニヤリと勝ち誇った顔で告げた言葉に眉をひそめざるを得なかった。


「……それはどういう意味ですか?」


 野盗に遭遇しないという確信を持てる者は二通りだ。

 一つは街道が安全であるという情報を得ている者。

 これは時系列的に無理がある。

 そしてもう一つは、ウルスキア配下の商人。

 運んできた物と量からしてそれはあり得ないと考えたのだが、彼の言葉を信じるのであればその可能性が最も高くなる。

 その事に、本人も気づかぬうちに低くなっていた声でサリアが問いかけると、マリホーの返答はサリアの予想を遥かに上回るものだった。


「実は私、先日野盗に襲われまして」

「であれば尚の事、今のダッカスへと来るはずが無いでしょう」

「ところが違うのですよ。私はその時、1機のマギナギアと、二人の女性と、一人の男性に出会ったのです」

「まさか……」

「その方々は見事に野盗のマギナギアを撃破し、野盗そのものも壊滅させたのです。その後アラスタにて野盗の噂を聞いた時に確信しました。私が遭遇し、目の前で壊滅したあの野盗は、アラスタで噂になっている野盗に違いないと」

「すでに存在しない野盗には遭遇のしようがない、ですか」

「その通りです。故に、こうして全ての財産をこの積荷につぎ込み、ここまできた。これは博打ではありません。これは、商売です。確実に大きな利益を上げられると確信している、も付きますが」

「そうですか……ふふっ」


 先日タチアナと交換した情報と照らし合わせると、ほぼ確実にネイフェルティアとカヤ、そしてカザルの事であろうと想像がつく。

 ここでもカザルの名を聞くことになるとは、まるで全ての物事は彼を中心に回っているようではないか、などと真面目に考え始めてしまった自分に対し苦笑にも似た笑みが溢れる。

 突然笑い出したサリアに不思議そうな顔をするマリホーに、クツクツとした含み笑いをどうにか抑えて軽く頭を下げた。


「失礼、お気になさらず。しかし、その情報、話してしまったよかったのですか?」

「耳聡い商人ならば、私がこの商隊を率いてダッカスへ向かったことはすでに知れ渡っている事でしょう。そんな情報を手に入れたならば、私はこう考えます。その商人は街道が安全になったという情報を手に入れたのではないか、と」

「そしてダッカスでの取引を終え、アラスタに戻る頃にはすでにこの情報は古い物になっている」

「おっしゃる通りでございます」


 再び大げさな動作で恭しく頭を下げるマリホーに思わず笑みを浮かべるサリア。


(更にはその情報を私に流す事で恩を売る、というつもりなのでしょうね)


 情報は商人にとっては命綱とも言える重要なものだ。

 情報の遅れ一つが大きな損失にもなるし、逆にこの商人の様に大きな儲けにも繋がる。

 それを躊躇なく、しかも押し付けがましくなく、提供してみせる。

 これはつまり、こうして情報を提供することの重要性をサリアがしっかりと認識していると、そう判断したという事でもる。

 サリアとしてはこの商人の素性を見極めようとしているつもりであったが、逆に試されていたのは自分の方なのかもしれないと、そう考えるに至った結果の笑みだった。 


「良いでしょう、入場を許可します。時に、ミルド商会はご存知ですか?」


 マリホーへとそう問いかけながら懐から上質な紙と携帯用の羽ペンを取り出す。


「何度か取引をさせていただきました」

「であれば話は早い」


 マリホーの返答にスラスラと一筆しそれを近くに控えていた門兵へと渡すと、門兵の耳元へと一言二言告げる。

 その言葉に門兵は小さく頷くと街へと駆けていった。


「お心遣い感謝します」


 そう頭を下げるマリホーに対し、


「感謝するのはこちらの方ですよ」


 と、彼の耳に届かぬ様、小さく小さくひとりごちたのだった。

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