4章 導火線

4章 導火線 01

「ふーむ、傭兵、ねぇ」


 城門の入り口で衛兵からの質問を受け、ロンベルが自信ありげに笑ってみせる。


「これでもリッテンハルト戦線じゃ結構活躍したんだぜ、俺たち」

「フハハハ、俺様大活躍だ」


 ロンベルに同意するようにカザルが胸を張って高らかに笑いあげるが、隣のタチアナからうるさいッスの一言と共に頭をしばかれている。

 

「リッテンハルト戦線…ギア乗りか。その割にはマギナギアが見当たらんが?」


 一行の自信ありげな言葉にあたりを見回す衛兵。それにロンベルは肩をすくめて見せる。


「あんなもん個人で持てるかよ。軍の支給品だ。リッテンハルト戦線が終わったらお払い箱の傭兵風情が持ってるわけねぇだろ」

「そりゃそうか。しかし…」


 そう言うと、ロンベルの後ろに付いてきている3人、その中でも一人場違いにも見える一人へと視線を向けた。


「こんな子供、しかも女が傭兵とはな、世も末だな」

「あたしは子供じゃ無いっスよ!」


 腰に手を当て、フン、と鼻を鳴らすタチアナに衛兵の眉がピクリと動く。


「背伸びしたい年頃なのさ。それに、ギア乗りにゃ大人も子供も、男も女も関係ねぇさ」


 衛兵の反応を見たロンベルが間髪入れず衛兵に向けて、不自然に親指だけを曲げた手を差し出した。

 衛兵がそれに答え手を握ると、その内側に硬質な手応えを感じる。

 その硬質な何かを握りしめ、懐へとしまい込むと、衛兵は槍をおろした。


「違いない。よし、通っていいぞ」

「ありがとよ」


 手をひらひらと振り、後ろの3人へと入るように支持を出す。3人がぞろぞろと動き出すと、それを引き止めるように、衛兵が後ろから声を掛ける。


「一応の忠告だ、今のこの街を拠点にするのはオススメしないぞ」


 予想外の声にやや驚いた表情をしてロンベルが振り向くと、習うように他の面々も振り返る。


「理由を聞いても?」

「半日も居れば自ずと分かるさ」


 やや自虐的にも見える苦笑を浮かべながら、衛兵が答える。


「そういう話は入る前に言って欲しいもんだぜ」


 やれやれと肩をすくめたロンベルの仕草に僅かに顔をほころばせるも、小さくため息を吐きながら真似るように肩をすくめて見せた。


「こっちも色々あるのさ」

「分かってるさ。自分の迂闊さに呆れてるだけだ」



 工業都市ダッカス。

 街の規模としては中程度というそれに見合わぬ立派な城壁が周囲を囲い、知らぬ者が見れば砦のそれと勘違いしてもおかしくはないだろう重厚な城門を構える。

 ロンベルを先頭に、タチアナ、エドワード、そしてカザルの4人が城門を抜けると、正面にはメインストリートである大通りが視界に広がる。

 城門の近くには大きな宿屋、その奥には大きな商会がいくつか店を構えているようだが、普段であれば多くの馬車が止まり、荷降ろしをしているであろう荷降ろし場には1台の馬車も止まっていない。

 4人が周りをキョロキョロと見回しながら大通りを奥へと進むと、横に伸びる脇道が目に入る。

 小さな露天がいくつも連なり市場を形成している…いや、していた、が正しいのだろう。

 露天の小さなテントは未だに残っているものの、そこに商品はなく、人通りもまばらだ。


「なんというか…活気が無いッスねぇ」

「情報通りということでしょう」


 大通りを歩けばある程度の人とすれ違うわけなのだが、誰も彼もがうつむき加減で表情には疲れが浮かんで見える。

 時折鋭い恨めしげな視線を感じる事もあるが、そちらへ目を向ければさっと視線をそらし、そそくさと去っていくのが大半だ。

 一行が大通りから脇にそれると、視界には大きな工場の集団が目に入る。

 高い煙突は大通りからも見えたが、近くでみると迫力が違う。

 こちらは大通りの活気の無さとは裏腹に、金床を叩く硬質な音がそこかしこから聞こえてきた。


「こっちは結構にぎやかッスね」

「賑やかというか、煩いだと思いますけどねぇ」

「活気があるというわけでは無さそうですね」


 大概、こういう場所で働く者は皆声がでかい傾向にある。

 普段から騒音の中で生活しているがゆえに、自然と声もでかくなるものだ。

 だが、今は


「声があまり聞こえませんから」

「食いもん無いから力は出ない。出ないが働かないわけには行かない、ってとこですかねぇ」


 エドワードの言葉通り、響くのは工房の音ばかりで、それに負けじと飛び交う大声が余り聞こえてこないのだ。

 金属の音ばかりが響き、人声が無いという状況は少々薄ら寒さすら感じさせる。


「それにしても、カザルは良く話を合わせたッスね」


 そう切り出すのは先程の門兵とのやり取りを思い出したタチアナだ。

 ダッカスに潜入するにあたって、念の為に経歴等を偽装する事にしていた一行。

 あまり細かい事は決めては居なかったが、リッテンハルト戦線で戦っていた傭兵の一行という事ですすめる予定だった。

 その中で唯一といっていい懸念事項がカザルがちゃんと話を合わせてくれるかどうかということだった。

 自らの身が危なくなる事態になりかねないので流石に……とは思っていたが、やはり不安は消しきれなかったのだが、3人の思った以上にしっかりと話しを合わせてくれたなと、タチアナは思っていたのだ。


「うん?まぁ、事実だしな」


 とさらっと返す当人。

 それに一瞬ポカンとした表情を浮かべたタチアナだが、ハッとした様子で辺りをうかがった。


「おっと、そうッスね。誰が聞いているか分からないッスから、油断はできないッスね。ちょっと見直したッスよ」

「……よくわからんが俺様を尊敬するならするが良いぞ!フハハハ」

「尊敬はしないッスよ!スケベカザル!」

「スケベではないぞ。いい女は俺様のモノだというだけだ」

「そういうのをスケベって言うッスよー」


 じゃれ合う様に言葉を交わす二人はなんだかんだで相性は良いのかもしれない。

 そんな二人の様子をエドワードがあまり好ましくない表情で、逆にロンベルはニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていたが、話が長くなりそうと判断したのか、ロンベルが切り出す。


「で、これからどーするんです?」


 ロンベルの言葉にタチアナがピタリと動きを止めると腰に手を当てフン、と鼻息荒く胸を張る。


「まずはサリアさんに会うッス!」

「領主の娘だっけか?いい女か?」

「もう、本当にカザルはすぐそれッスね」

「フハハハ、それ以外に会う理由など無い」

「じっちゃんの話ちゃんと聞いてたっすか!?」

「爺の話など知らん」

「全く、しょうがないッスねぇ…ともかく、まずは領主の館に行くッスよ」


 ぐっと拳を握りやる気満々のタチアナに、カザルはやれやれと言った風に大げさにかたをすくめて見せた。


「全くなってないなタチアナちゃんは」

「むっ、どういう事ッスか?」


 流石にその仕草には腹を立てたか、一回りも大きいカザルを見上げるようにしながら詰め寄るタチアナ。彼女程ではないにせよ、その言葉には違和感を感じたのか、エドワードとロンベルの二人も怪訝そうな顔をしている。


「いきなりサリアちゃんに会わせろなんて言っても通すわけ無いだろう」


 一瞬、ハッとした表情を見せるタチアナ。

 確かに流れの傭兵風情がいきなり行ったところで会わせてくれるはずはない。

 タチアナらとサリアとは顔見知りではあるものの、ここで名を出して目立つような事はできるだけ避けたいところだ。


「じゃぁどうするんすか?」

「古今東西、情報収集といえば酒場に限る!」


 フン、と自信満々に胸を張るカザルに一同はポカンとした顔で、お互いに見合わせる。

 三人の脳裏にあるのは、街の活気の無さだ。

 食料品の高騰でろくに飯も食えない状況で酒を飲むような人がいるのか、という疑問。


「では行くぞ!フハハハ」


 困惑する三人を尻目に、ずんずんと先をゆくカザルだが、同時にグゥと盛大な音がなったことを三人は聞き逃さなかった。


「……腹減ってるだけじゃないですかね、あれ」

「……まぁ、腹ごしらえしてからでもいいッスかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る