3章 山猫とティアラ 07

 先の会話の通り、ルフェール山脈沿いを歩く3機のマギナギア。

 遠くに見えていた山影は随分と近く、丈の短い草の生い茂っていた平原にもちらほらと石も目立つようになってきた。

 

「ところでよ」

「なんだ?」


 ゆっくりと進む3機の最後尾を殊更のそのそと歩いていたカザルがポツリとつぶやくと、それにやや不機嫌そうなカヤが答える。


「見た感じ、この辺はまだ作物とか取れそうな感じがあるんだが、あー、なんだっけか、バッカス?」

「ダッカス」

「それそれ、そのダッカスってのはほとんど作物が取れないって話だったよな?確かに荒れてきたが、それほどか?」


 カザルの言う通り、草木に混じって所々に岩肌も見えてきているが、完全に岩ばかりというわけでもない。

 少なくとも草木が生えている場所があるのだ。全く開拓できないということでもないだろう。

 勿論、他の農耕地ほど豊作というわけでもないだろうが、それでもほぼ収穫出来ないというのは疑問が残る。

 カザルの疑問に、何だその事か、とでも言いたそうにカヤがそっけない声で返した。


「ダッカスはミスリルも製造しているからな」

「ミスリルがどうしたってんだ?」

「……」


 ぶっきらぼうに答えたカヤに更にカザルが質問を重ねる。

 先程からのイライラがまだ残っているのか、答えるのが面倒くさいとでも言うようにカヤが答えずにいると、見かねたティアがわって入ってきた。


「ミスリルは製造過程で大量のマナを消費します。マナストーンも使用していますが、大体はその土地に存在するマナを使用しますからね」


 ミスリルは現在の魔法技術において無くてはならない合金だ。

 複数の金属を合成しつつ大量のマナを注ぎ込んで作られるミスリルは、マナの伝導率が高く、マナの保持力にも優れており、さらに合金としての剛性も高いため、魔道具などの素材として重宝されている。

 彼らの駆るマギナギアも、動力とも言えるマギナコアと全身へとマナを伝達するためのフレームはミスリルで作られているため、ここ数年でミスリルの需要はうなぎのぼりだ。


「ほほう、なるほどな。そのうち地上のマナ全部使い果たして不毛の大地になりそうだな」


 魔法の動力であると同時に、生命力でもあるマナが少ない土地には植物は育ちづらい。

 ダッカス周辺もミスリルの大量生産のために周囲のマナを使用し続けていたため、痩せた土地となってしまっているのだろう。

 今の定説では自然に存在するマナは徐々に回復していくということだが、その回復を上回る速度で消費していけば、カザルの言うように不毛の大地となる事も決してありえない未来ではない。

 元々は農業を主体として繁栄してきたルインだ。土地を消費していくミスリルの製造に関してよく思っていない民もいるようだ。


「それもこれも……あの狂国のせいだ…っ!」


 カヤもその一人なのだろう。

 普段のカザルに対する声の荒げ方とは違った、噛みしめるようにカヤが吐き捨てた。


「ウルスキアねぇ」


 もはやこの大陸において、狂国といえばかのウルスキアであるという認識はごく一般的だ。

 突如として周辺国へと侵略を始め、最先端の兵器であるマギナギアを持ってまたたく間に大陸の半分を手中に収めた大陸の覇者。

 その統治においてもあまり良い噂は聞かない故に、大陸の多くの人間がウルスキアに対して嫌悪の感情を持っているとも言える。


「ま、何があったか知らないが、あんまカリカリしてると可愛くないぞ」

「うるさい!貴様に可愛いなどと言われても嬉し――」

「む、止まれ、あと黙れ」


 普段の口調とは似ても似つかない真面目な声でカザルがカヤの言葉を遮り、足を止めた。


「なっ!貴様が振って――」


 苛立ち故か、その普段とは違う雰囲気に気づく事なく、いつも通りあしらわれただけだと勘違いしたカヤが噛み付くが、それさえも遮ってカザルが強い口調で返した。


「いいから黙って止まれ」

「っ!」


 流石にその口調には気づいたのか、カヤもハッとした様子で口をつぐむ。

 抜刀こそしないものの、ティアのマギナギアをカバーするように動きつつ警戒した様子であたりを見回す。


「何かあったのですか?」


 ティアも二人の雰囲気がこれまでと違うと感じ取ったのだろう、音量を僅かに下げて二人へと問いかけた。


「あれだあれ、よく見ろ」


 そういってカザルのマギナギアが大きな指で指した先は、ティアには何の変哲もないただの草原の様に見える。

 同じく視線をそちらにうつしたカヤがポツリとつぶやくように答えた。


「これは……足跡……か?」

「フハハ、正解だ!」


 カヤの回答にティアもまじまじとその場所を見つめてみると、初めてその差を認識することが出来た。


「草が、折れている場所があるのですね」

「その通り!正解したカヤには俺様の女になる権利をくれてやろう」

「いらん。それよりも黙れと言ったのは貴様だろう、少し黙れ」

「ふん、まぁカヤはもう俺様の物だしな」

「貴様の戯言はともかく、この大きさ、マギナギア……か」

「うむ、まず間違いないだろうな」


 マギナギアの高さから見てもはっきりと足跡と分かるほどの大きさ。

 その足跡は三人の進む方向からまっすぐ伸びており、三人の眼の前で直角に曲がって南、ルフェール山脈へと伸びているようだ。

 三人が見上げるようにして山脈へと視線を向けた。

 この場でもすでに岩肌が見え隠れし始めたのだが、視線の先にはより鮮明に切り立った岩肌が露わになっていた。


「予想通りということですね」


 ティアがそう漏らすと、それにカヤも続ける。


「この先、か。確かに身を隠すには適しているかもしれません」 


 ルフェール山脈西側の有毒ガスなどの噴出する危険地帯から僅かに東側へとずれた場所であり、街道からも離れている。

 よっぽどのことでもなければこの場所に赴く者は居ないだろう。


「足跡の数からして、多分二機だな。例の野党は何機持ってるって話だったっけか」


 二人の会話を流しながら、足跡を注意深く確認するカザル。

 その姿を見つつ、同じように足跡を確認するも二人はそこまで詳細にはわからないようだ。

 カザルの言葉に覗き込むようにマジマジと見ていたティアが慌てたように答えた。


「えっと、所持数までの情報はありませんでした。それで、どうしますか?」

「あん?どうするって、そりゃティアちゃんが―」

「まずは私とこいつで偵察してきます。お嬢様は私達が戻るまでここで待機してください」


 ティアの言葉にカザルがやや呆れたように答えようとするが、カヤが割って入る。

 カザルが不機嫌そうに息を吐くが、それも一瞬。息を吐ききった頃にはいつもどおりの軽い口調に戻っていた。


「……あー、まぁ、いいか。よし、俺様について来い。フハハハ!」

「あぁもう、少しは慎重になれ!それではお嬢様、行ってまいります」

「えぇ、危険を感じたら戻ってくるのですよ」

「……はっ」


 先をゆくカザルのマギナギアに駆け寄るカヤのマギナギアを見送りながら、ティアはそっと手を組むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る