膠着 2 ※

「赤い本」


それは、赤い表紙の古びた本でした。


どうこうと表現しにくい赤なのですが、不思議なことに、その本を見つめておりますと、なぜだかもの言えぬ安堵に包まれてしまうものですから、ついつい手にとっていたのです。

当時私は、何とも懐かしく郷愁を誘うその古本屋の魅力に取り憑かれ、繁く足を運ぶようになったのでございます。

初めて来たとは思えない不思議な感覚。前世にでも訪れたことがあるのでしょうか、そんな非現実なセンシビリティにいつも囚われておりました。聞けば戦後間もない昭和23年、日本に滞在する米軍兵士の慰安の為に、米国アメリカ本土より寄贈された本の貯蔵庫から、不要なものを横流ししてもらったのがきっかけで商いを始め、今日に至るとか。現在は日本の書物が中心になっておりますが、店内の奥のそのまた奥、店の照明が届かない仄暗い一角に、残された本が無造作に山積みにされており、その中に埋もれてありました。


今にも崩れ落ちそうな本の山。暫く眺めていると、その煤けた背表紙がやたらと気になりはじめ、鋭感とはこのようなことを言うのでしょう、赤子は母親に抱かれ、母の胸の鼓動にこの上もなく安堵すると言いますが、自身の動悸が血管を伝わり、その振動が耳骨にゆっくりと、確実に鳴り響いてゆくのを感じました。

つま先立ちで、崩れぬよう慎重に上に積まれた本を退かし、手にしたその本にふぅと息を吹き掛け、ほこりを飛ばしてから表紙を見てみると、其処には……


其処には…………





そこには………………?



そこにはそこには……





……だめだ、出てこない……


書けない……





スランプかぁ~っ!(泣)






……熱い紅茶でも飲もう


うん、そうしよう。




・・・


馬場俊英

「スタートライン」

https://youtu.be/R1HkXSVxLyU

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