玉響

わたくしは今でも、月夜を見上げる度に、出逢った頃を思い出しまする。


黄昏たそがれ色に染まる高尾山のふもと。細く長い坂道。つづら折りの曲がり角に、浴衣姿の私はひとり、遠くを見つめ佇んでおりました。藍染めの江戸小紋に、半幅博多帯を締め、黒いレース地の日傘をしゃにさして……

眼下を流るる城山川は、キラキラと輝いておりましたっけ。

ふふっ……あの時あなた様は、ハイキング客を装っていたのでございましたね。

そんなことも露知らず、足をくじいたと言うあなた様を、私の別宅までお連れして。肩を貸した私に、体重を乗せてくるもので、それは随分と骨をおりました。

家につく頃にはどっぷりと日が落ちて、西の空には宵の明星がまたたいて。

刹那、あなた様は、顔を出したばかりの上弦の月を見つめながら一言ひとこと、こう言ったのでございます。


「月が、綺麗だ」……と。


あぁその時のお美しい横顔に、私もまた、見惚れておりました。

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