第6話 1ヶ月
「オハヨウゴザイマス」
異世界に転移して1か月が経った。
たまたま会った蒼に助けられたため、凛久は何とかこの世界を生き抜いている。
1ヶ月もいると、多少の会話もできるようになった。
借りている部屋を出て階段を下りた凛久は、料理を運んでいるナタリーナに挨拶する。
まだ発音が慣れていないので、片言なのは仕方がない。
「あっ! おはよう。リクさん」
挨拶で気付いたナタリーナも、凛久に挨拶を返す。
この店の看板娘だけあって、彼女はいつも元気だ。
彼女の元気をもらいに、この店を贔屓にしている客もいるらしい。
「はいよ。朝食セット」
「ドウモ」
空いているカウンターの席に座ると、ここの女将さんのディアーナが料理を出してくれた。
スープとパンとサラダの朝食セットだ。
「リク。夕方時間あったら、また頼んでいいか?」
「ワカリマシタ」
ディアーナと入れ替わるように、厨房からダミアーノが話しかけてくる。
この宿に泊まり始めてすぐに、店が混んだことがあった。
その時、1人暮らしをしていて多少の料理はできた凛久は、手伝いを申し出た。
とは言っても簡単な調理補助といったところだが、その時のこともあって、ダミアーノは時折凛久に野菜の下準備の手伝いを頼んでくるようになった。
まあまあの量ではあるが、それだけで1食分の飯代が浮くのなら安いものだ。
凛久はダミアーノの頼みに頷いた。
「もう受け答えはできるようになったようね。ナタリーナが子供の時使っていた絵本が役に立ったかしら?」
「ハイ。タスカリマス」
この世界の共通語はドーラ語といい、最初は全く分からなかった。
しかし、ディアーナからいらなくなった絵本を渡され、それを見ているうちに段々と理解できるようになってきた。
基本的に、日本語(この世界では日向語)と同じ文法のため、単語を覚えれば何とかなるようだ。
まずは挨拶から始まり、色々な単語を覚えている最中だ。
「イッテキマス」
「魔物には気を付けなね」
「ハイ」
朝食を食べ終えると、凛久は仕事に出かけるため、ディアーナに部屋のカギを渡す。
カギを受け取ったディアーナは、宿から出ていく凛久に見送りの言葉をかける。
それに返事をすると、凛久は宿を出てギルドへと向かった。
「オハヨウゴザイマス」
「いらっしゃい。リクさん。今日も薬草採取で良いですか?」
「ハイ」
ギルドに着くと、いつものように受付へ向かう。
そこには、最初の日に会った女性、レジーナがいた。
凛久の状況を理解しているためか、そのまま担当になってくれた。
なので、凛久が何の仕事をするか理解しているため、いつものように受付をしてくれた。
「おぉ、リク。魔物には気を付けろよ」
「アリガトウ」
レジーナに仕事の受付をしてもらった凛久は、そのまま町の外へと向かう。
門を出る時、門番が話しかけて来た。
彼も初めてこの町に来たときに会った相手で、コージモという名だ。
日向人が珍しいのか、凛久を見ると話しかけてくれる。
初めて会った時は強面のおっさんという印象だったが、今はそれも変わり、気の良いおっちゃんといった感じだ。
コジーモからも注意の言葉を受け、凛久は町の近くの草原へと向かった。
「ハァ~……」
草原に着くと、凛久は黙々と薬草採取をおこなう。
朝から始め、朝食に出たパンの1つを昼食として食べ、また作業を続ける。
そうしているうちに、持ってきた2つのバッグがいっぱいになる。
「そろそろ帰ろ」
2つのバッグがいっぱいになったら、今日の分の採取は終わり。
バッグ2つと作業道具を持って、凛久はギルドへと向かう。
「いつもすごいですね。リクさんが来てからギルドは助かってます」
「ドウモ」
受け取りカウンターに採取した薬草を持って行くと、レジーナが感心したように話しかけてくる。
この町のギルド員は、単調な作業のため薬草採取の仕事をする者は少ないらしい。
そのため、薬草から作る回復薬の値段が安定せず、ギルドとしても困っていた。
しかし。薬草採取ばかり毎日する凛久が現れたことで、回復薬の値段が安定するようになったという。
その雨、ギルドも回復薬を常備できるようになり、怪我人の治療にすぐ当たれるようになっているらしい。
ただ生活費を稼いでいるだけだというのに感謝され、凛久は嬉しそうに返事をした。
「はい。今日は8700ドーラですね」
「ハイ。デハ、マタアシタ」
「はい。お待ちしてます」
薬草の代金を受け取ると、凛久はレジーナと挨拶を交わし、ギルドを後にする。
「よう! 凛久」
「あっ! 蒼さん」
ようやく日本語が話せたことに、凛久は少しテンションが上がる。
宿に戻ると、蒼がいたのだ。
「昨日帰ってこなかったですね」
「あぁ、ちょっと護衛依頼で出かけていたんでな」
一昨日出かけた蒼は昨日は帰ってこなかった。
少し心配していたのだが、どうやら護衛任務で別の町へ行っていたようだ。
実は、蒼はこの町では結構名の知れた冒険者らしい。
そんな人物に面倒を見てもらえ、自分は本当に運が良かったようだ。
とは言っても、そもそも異世界に転移された時点で運がいいと言えるのかは分からないが。
「そうだ。これまだ一部ですけど」
「そうか。……あまり根を詰めるなよ」
「無理はしていませんよ」
一緒に夕食を食べることにした凛久は、蒼に封筒を渡す。
中身は、借りていた翻訳機の代金の一部だ。
封筒の中身を見て、蒼は凛久のことが心配になる。
薬草採取だけで3分の1も返ってきたからだ。
しかし、凛久は無理をしている訳ではないため、首を左右に振った。
「そうだ。以前言っていたが魔物対策はどうした?」
「やっぱり剣か槍ですかね」
薬草採取は町のすぐ近くだから、魔物に遭遇することはない。
しかし、絶対にという訳ではない。
もしもの時のために、蒼は凛久に何かしらの対策をしておくように言っていた。
そのことを足す寝ると凛久は自分の考えを述べる。
やっぱり、魔物と戦うには剣か槍がベストだろう。
「そうか。なら、今度私が指導してやろう」
「えっ? 本当に?」
「あぁ!」
「じゃあ、お願いします!」
いつも腰に差しているので、蒼が使うのは刀で、レジーナが言うには結構な使い手らしい。
そんな人に教えてもらえるのかと思うと嬉しくなり、凛久は何度も頭を下げて、指導をお願いしたのだった。
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