第48話、いつだってこっそりお暇する機会を軒下で伺っていたから



ガシャン! と、ガラスの割られるような音。


複数聞こえるそれは、何者かが窓ガラスをぶちやぶった音。

更に、遅れて何かの燃える匂い。



(火を放ったってのかっ?)


そう思い立ち、おれっちはすぐさま気配のある場所へと駆け出す。


「おしゃっ」


その後を追走するみたいに、君が続こうとする。

おれっちはそんな君に、手分けして当たらなければと叫ぼうとして。


おれっちが飛び出そうとした扉からの、爆発……おそらくためらいもなく打ち出された魔法。

その音に、衝撃に、身体の浮き上がる感覚。



(な、早すぎるっ!)


吹き飛ばされていく身体は、そのために追いかけてきてくれたのか、君の掌にすっぽりと収まった。

相も変わらずな自身の矮小さに舌うちしつつも、突然の闖入者の手際の良さに、舌を巻いていた。


最初の破砕音は、おそらく窓を割って侵入したことによるものだろう。

それが物盗りなのか、誰かを狙って来たのかは分からない。


が、迷うことなく間髪置かずここに来た。

それも複数人。

君にかき抱かれながら、おれっちはそいつらを観察する。


そこにいたのは、その誰もがどちらかといえば屈強な部類に入る男たちであった。

顔などは隠していない。

当然のごとくおれっちには知らない顔ばかりであったが。

その、どこか焦点の合わない曖昧な瞳に、見覚えがあった。


一度視界に入れば保護欲を掻き立てられ、危害を加えることなど不可能であったはずのおれっち自身を、躊躇いもなく攻撃してきたものたちに似ていたのだ。

というより、その者たちと全く同じ症状ではないか。



「っ、グラン船長! どうしてっ?」


と、そのうちの一人に、ベリィちゃんの心当たりがあったらしい。

しかし、うつろでふらふらとしている相手はそれに、答えることなく、手に持った無骨な円月刀を振り上げる。



「馬鹿っ、ぼけっとしてんなっ!」


ザズン! と真紅の絨毯を切り刻む音。

間一髪、ベリィちゃんを押しやったクリム君が、素の口調でいつの間にか取り出したショートソードで、それを迎え撃つ。


「まさか、レヨンの……っ、みんなっ、失踪していた船員たちよっ! おそらくは魔法で操られている。無力化して、術者を探すのっ」

「もうっ、無茶いいますなっ!」


ウェルノさんの、的確な宣言。

それに応えたクリム君を中心に、乱戦が始まる。

続くのは、目を見張る体術で、突っ込んできた一人をその手に持ったレイピアで突き払うベリィちゃん。


『ティカっ! 消火だっ、火が回ってるっ!『

「ファイナさん、補佐をっ!」

「わ、わかりましたっ」


おれっち、ステアさん、ファイナちゃんが叫ぶのはほぼ同時。

君はすぐに頷くと、ベリィちゃんが、ウェルノさんが抑え受けて立っている、操られし男たちの脇を抜け、会場の外へと飛び出す。


その後に、当たり前のようにファイナさんがついてきて。

案の定、会場の外には火炎瓶のようなものか、あるいは魔法か、すでにかなり火が回っていた。


「消火なら、任せてくださいっ! ティカさまは出口へ、船を確保しないと!」


そう言って何やら【水(ウルガヴ)】の魔力を持った魔法を紡ぎ始めるファイナちゃん。

海の魔女と言うくらいなのだら、【水(ウルガヴ)】の魔法を使っての消火などお手のものだろう。



「ラアアアァッ!」


と、その隙にと襲ってくる、外にもいた男たち。


「……カムラルよ、我が声に応え顕現し弾丸と成れ! 【フレア・ビット】っ!」「にょ、みゃっ」


それに対し、反射的にかごく短い文言で魔法を発言する君。

それにより肥大し圧迫される君の魔力に、身体がずきりと悲鳴を上げたが、それどころじゃなかった。


君の攻撃魔法は強すぎる。

その楕円に渦を巻く炎弾ひとつとったって、あっけなく人をレアにする力が……。



「グオオオォッ!?」


……なかった。


(あれ、制御できてる……)


確かにその一撃だけで弾き飛ばされ、焦げてはいるが。

呻き声をあげられるくらいには無事のようで。


そういや最近、まともに君の魔法、見てなかったっけ。

この世界において規格外の力を持っている事を、誰より理解していたのは君だったのだろう。


おそらく、おれっちの見ぬ間に抑える努力をしていたに違いない。

顔をあげれば、どことなく安堵したような、満足げな君がそこにいる。


何だよ、ますますおれっちがいる意味ないじゃん。

でもまぁそれは、君にとってみれば悪いことじゃない。


頭の芯からくるズキズキとした痛みを誤魔化すようにして、おれっちはそんな事を思っていたけど。

結局はまだまだだって言うか、油断していたんだろう。

おれっちが、君にどれだけ影響を与えていたなんてこと、気付けなかったのだから。


ごしゅじんさまは。

その後も同じように、男たちを蹴散らし無力化して。

辿り着いたのは屋敷の入り口。玄関の広間。


そこには、船を守らねば、といった同じ考えであったのか、しかし入口を塞ぐようにしている男たちと対峙している、レンちゃんたち三人組の姿があった。


「あなたたち、そこをどきなさいって言ってるでしょ!」

「……っ」

「おしゃっ!」


刹那感じたのは、あまりよろしくない『猫のしらせ(ブラック・キトン)』。

名を呼ぶ君を置いて君の腕をすり抜け、おれっちは駆ける。


「レンっ!」


そんなおれっちに気がついたのはキィエちゃんだった。

何やらはっとしていたが、構わず突っ込む。


「だめっ、にげてっ!」


それに気づき、叫び声をジストナちゃんがあげるのと。

玄関口を塞ぐほどの大きさの、ぎらりと黒光りする砲台が見えたのはほぼ同時。



瞬間。

身体にすさまじい衝撃が走って、びしりと何かの砕ける感触。

それは、咄嗟に作り上げたおれっちの光の盾が割れる音で。


同時にそれは。

痛みの原因であった、おれっちを戒めていた何かが壊れる音でもあって……。



             (第49話につづく)







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