第10話、第一異世界美少女発見、いざもふもふへ飛び舞らん




ジムキーンと呼ばれるこの世界には、世界を構成する根源たちに呼びかけるような習慣がないのだろう。

おそらく根源以下諸々の名を口にせずとも魔法を発動できるのに違いない。

そうなってくると。



『なるほど。へたに魔法を行使するのは控えたほうがよさそうだな。おれっちたちの世界の魔法は』


必然的に力を隠す必要性が高まってくるわけだが。


「大丈夫。こっちの魔法も教えてあげる」


すかさず返ってきた君の言葉は、珍しくもどこか誇らしげだった。

それは、とっても悪くない傾向ではあって。


『それは頼もしい。世界屈指の魔法少女に教えを請えるとは。無敵猫になっちゃうね』

「ふふ」


そんな言葉に、ぽんぽんと、おれっちの額に触れつつ笑みをこぼす君。

やはりこの世界は、君にとって馴染み深いものなのだろう。


思えば、ユーライジアで初めて出会った以前の君のことを、おれっちはあまり知らなかった。

せっかくの機会だから、この旅を機にそのことをちょっと聞いてみようかな、なんて思う。


ただ、君の過去を知ることをそれほど重きに置いてはいなかった。

余計なことをがっついて詮索して、君に嫌われたくないって気持ちがあったからかもしれない。


ただそれを、もっと早く聞いておけばよかったなんて思う羽目になるなんて。

その時は当然気付けるはずもなくて。






結果的に行く手を塞ぐものを破壊するに至って気付かされたことではあるが。 

どうやらその壁は、虹泉の存在を隠し、封印するものだったらしい。

壁の向こうは、足首ほどまで海水に浸っている洞窟のようだった。

それほど離れていない場所に、ぽっかりと蒲鉾型に照らされる光を見るに、ここは海に程近い崖下にあるのだろう。


となると、満潮になれば水浸しになるのかもしれない。

それは、この世界にも月があるというおれっちの希望も入っていたけれど。

その後、念のため壊した壁を再度塞いだほうがいいだろうという結論に至って。



「……【エテルミング・ヒート】」


この世界の魔法のお披露目、とばかりに君が放ったのは。

マグマの火柱を起こすティカお得意の火魔法、その一矢。

全力……火の根源カムラルに語りかけるものであったら、たぶんこの辺りの地形が変わっていたに違いない。


だが、正しくも片手間で唱えただけあり、それはきれいな波型の生まれたての壁を作り上げるに留まった。

もっとも、それは足元の海水を蒸発させ、傍にいたおれたちは蒸し器に放り込まれたような状況になってしまったのはご愛嬌、といったところだろうか。



『ふぅ、ふう。もう少しで蒸し猫になるところだった』

「……ご、ごめん」


ほかほかの濡れ猫のまま、しゅんとしてうなだれる君。



『今日の添い寝を所望する。それでどう?』


それはある意味、いつものやり取り。

紳士で嘘吐きな猫族のおれは、実際の所それを実行したことはなかったが。


「え? いいの?」


いつもの通り、嬉しそうな君のその反応ときたら。

自覚が足りないというか何と言うか。


『こにゃろう。か弱い子猫だからって舐めてやがるな。もふもふさせてやるっ』


後悔させてやる、とばかりにおれが粋高々にそう言うと。


「……よろしくお願いします」


歯牙にもかけぬ、余裕綽々の君の笑顔。

ついでにぎゅむんと抱きしめられる。

おれっちは、それにちょっぴり情けない気分に陥りつつも。


結局は居心地がいいので、いつもいつもなぁなぁになってしまうのだ。

猫だけに。





この世界にも四季というものがあるとするならば。

今は春だろうか。

心地良い風にもれなく水気をとばしたおれっちたちは、案の定崖下にあった洞窟を抜け、日の元にさらされる。



「……いい天気」


君がそう呟くくらいなのだから、その広がる青空といったら、故郷にも引けを取らぬくらい開放的で。

燦々照りの空の下が最も似合う、魔人族としては異端も甚だしい君は。

そんな晴れのケにやられたのだろう。ほとんど無意識のままに、それまで背中に隠していた(文字通り背中の中に収納している)黒い艶やかな翼を広げ、飛び上がる。



『お、おいティカっ。不用意に翼を出すなって』


いくら地の利は君のほうにあるとはいえ。

ここがユーライジアのように優しい世界だとは限らない。

だが、気分が高揚しているのか、風音で聞こえなかったのか、おれっちのそんなお小言なんぞお構いなしに君は空を飛び回る。


おれっちはそれに頭を抱えつつも、君のその変化に喜ばしい部分も感じてはいた。じめじめした地下室から、無限の空への旅路。

随分と長いこと自ら封じてきた感情の発露。


それはきっと、君をいい方向へと変えてくれるはずで。

だが、憂うべきことを口にしてしまったが最後、それは旗(フラグ)となって具現化するらしい。


おれっちたちのやってきた洞窟のあるその崖上。

ぽつんと佇む三角架つきの、お墓のようなもの。


そこには、時期(タイミング)悪く一人の少女がいた。

おそらく、お墓参りか何かに来ていたのだろう。

だが今は、そんな当初の目的を忘れ、ぽかんとこちらを見上げている。



『ティカ、ティカってば、第一異世界人がこっちをみてるよ』


見つかっちゃったものはもう仕方ない。

おれっちはできる限りの声をあげ、ぱたぱたと尻尾を振り回して君に眼下を促す。



「……っ」


途端、不安と恐怖に駆られたような君の気配。

踵返しその場から逃げ出そうとする。

おれっちはそれにやれやれとため息をつき、最早自由自在とまではいかずとも得意の聖域抜けで、自らの身体を中空に投げ出す。


「あっ」


悲鳴のような声を上げる君に涙をのんで。

おれっちは正しくも猫族の身体能力を主張するみたいにくるくると回転しながら落ちていった。

元々高さはそれほどなく、おれっちは対した労もなく呆然自失とする少女の元へと降り立って。


『こんにちは。可愛らしいお嬢さん。お近づきの印にもふもふしていかないかい?』


おれはピンと背筋を伸ばし、すまし顔でそんなことを言う。

本来、もふもふしたいならば言葉なぞ介せずに猫撫で声でみゃーみゃー言えば事足りるのだが、そもそもの目的はそれではない。

猫が喋るのはきっと珍しいことだろうと期待しての、注目の分散だ。

案の定、その少女はおれっちへとその熱い視線を向けてくれている。


君がその身に最後の楽園を秘めし、極上の美少女ならば。

目の前の彼女は嗜虐心をそそる、可愛い系の女の子、といった感じだろうか。

流れるような真珠色の髪に、どこかおどおどしているようにも見える琥珀の瞳。

君とは別の意味で、目を離すと何かしでかしそうな子だが。

なんて言えばいいのか、沸き立つ【水(ウルガヴ)】の魔力が少し強すぎる気がした。


それは剛の者というより、おれっちたちのような、魔力により構成された生き物に感じる感覚に近い。


彼女は人間族ではないのだろうか?

それともあるいは……。



              (第11話につづく)






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