風の手紙

謹啓



先ずは、書面にて挨拶申し上げます私の愚行をお許し下さい


お父さん、体の具合は如何でしょうか

未だ脚は痛むでしょうか


お母さん、私が家を発つ日、十分な挨拶も出来ず、申し訳ございません


父母様、○月○○日を以て、私は待ち侘びておりました体当たりに向かいます

私は空の花とし可憐に咲いてみせます


私が咲く瞬間、恐らく父母様はご覧になれないかと思われます

しかし御安心下さい、私は必ずや、御国の為に、私の愛する家族の為に、先に散っていった友の為、必ずや散る迄可憐で居続けます


私は空で、御国のこと、父母様のこと、友のことを想い続けるでしょう


ですので、最後に我儘を申し上げます

父母様、私のことを想い続けて下さい

私のことを忘れないで下さい



では、行って参ります



                渉



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ガサガサとした白い紙にボールペンで綴る手紙。書き終えた俺はボールペンを机に置き、誤字脱字が無いかを確認する。これが最後の、俺の最後に手紙になるのだ。誤字脱字などがあれば、家族に笑われてしまう。

 …………。

 最後の手紙、そう思うと、途端にこの手紙を出すことが嫌になる。この手紙を出してしまえば、もう俺は追憶と写真の中でしか生きられなくなる。

 ………………。

 嫌だな。怖いな。

 手紙の中の「渉」ならば、恐らく今頃、こんなことは考えていない。国の為に敵艦に突っ込んで死んでいく、そんなことを本気で喜んでいるはずだ。

 俺は手紙の中の「渉」じゃない。嬉しくなんてない。

 けど、怖いだなんて言ってしまえば、俺はすぐに弱虫だと蔑まれる。

 この手紙が届く頃には、俺は手紙の中の俺になっている。本音なんて誰も知らない、国の為に強く死んでいった俺に。



「もうすぐ、か」



 やがて飛ぶことになる空を見つめ、俺は呟いた。


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