斯く書く死か字か

智依四羽

喰う烏、喰われる烏

 烏はある時、夢を見た。もしも全人類がゴミを排出しなければ、我々の生活は今より苦しくなるのではないかと。とは言え人間がゴミを排出しなくなる時代など到底訪れることは無い。そう考え、今日も烏は河に浮かぶ生ゴミを拾っては、それを食した。

 そして烏は今日を生きるため、ゴミの浮く河から飛び去った。


 幼虫はある時、夢を見た。もしも全世界の草木が取り除かれれば、我々は今とは違うものを食べなければならないと。とは言え人間が全世界の草木を取り除く日など到底訪れることは無い。そう考え、今日も幼虫は木の葉を齧る。

 そして幼虫は突如飛来した烏に啄まれ、その短い生涯を終えた。 


 少年はある時、夢を見た。もしも大名が自分達の住む町、或いは自分へ多額の寄付をすれば、この飢えを凌げるのではないかと。とは言えこんな辺境且つ貧困な場所の乾いた大地の上で転がる自分に、誰かが手を差し伸べる日は到底訪れない。そう考え、たった今少年の命の糸は切れた。

 そして、少年の死臭に誘われた烏は、今日を生きるために少年の血肉を喰らった。


 烏は烏の気持ちしか分からない。幼虫がどんなことを考えながら木の葉を齧っていたか。少年がどんなことを考えながら息絶えたか。知ったところで、烏は自らが生きることを優先する。


 ある時、烏はあるものを見た。同胞の死骸だった。死骸には蛆が湧き、蝿がたかっている。自分より弱い存在だと思っていた虫共に喰われている。恐らくは虫ではない別の要因で地に落ちたのだろうが、虫共にたかられる同胞を見るのは、あまり気分がいいものでは無い。烏は同胞から目を背け、別の方向へ飛び去った。


 ある時、烏はあるものを見た。同胞が人間に捕らえられた瞬間だった。烏は、自分達が大味であることなど知らない。しかしこの後あの同胞は喰われるのだろうかと考えると、烏の気分は悪くなった。人間の死体はいい餌であるため時折見かけては啄んでいるが、まさか自分達が喰われる日が来るとは思ってもみなかった。気分を害した烏は飛び去る。



 喰う側から喰われる側へ変わったものは、途端に弱くなる。同胞の死を見たこの烏も、今までとは違い、喰われる覚悟を持った上で生ゴミや虫、死骸に死体を喰うようになった。



 この烏のように、自らが喰われる瞬間を常に考える人間は何人くらい居るのだろうか。自らが喰われることなど知らず、他人の発言や思考に喰いつき、結果的に殺す。そして獲物を殺せば、今度は自分が人殺しとして喰われる。この烏のように生きれば、少しは無意味な死が減ったのだろうか。



 烏はまだ知らなかった。生ゴミや死体の血肉を啄む自分達より、人間の方が圧倒的に愚かで、醜く、野蛮で、穢らわしい存在であることを。

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