~ オ・セブレイロ

★23日目☆彡  ~ ポンフェラダ(23km)



 ルートを戻ったフォンセバドンでは既に巡礼者向けのアルベルゲはいっぱいになっていて、あたしたちは仕方なく、少し宿代は上がるけどホステルに泊まることにした。受付で「シングルベッドが二台のツインルームと、ダブルベッドが一台の部屋があるけど、どっちにする?」なんて聞かれて、一瞬だけ迷った顔をしたら……隣にいたアキちゃんがドン引きしていた。

 いやいや……もしかしてダブル一台の部屋のほうがすごく安かったら、一人は床に寝袋しいて寝れば宿代節約できるかも、とか思っただけじゃん? そんな、変なことなんか考えてないってば…………っていうか、「変なこと」ってなんだよ!

 結局、料金はそんなに変わらなかったので、シングル二台のほうにしてもらった。


 夜になって、電気を消したあと……となりのベッドで寝ているアキちゃんに何か言おうとしたけれど……。

 何を言おうかと考えているうちに寝息が聞こえてきちゃって、あたしも諦めて目をつむった。


 その日は、しばらくぶりによく眠れた夜だった。




 ★☆★☆★☆★☆★☆




 次の日は、まずはチャッチャと昨日の鉄の十字架まで進むところから始まった。

 この十字架は、「故郷から石を持ち寄ると願いを叶えてくれる」っていうエモい伝説の他にも、あたしたちが今いるこのイラゴ峠の、ほぼ最高地点っていう意味もある。だから、ここまでくればあとは下るだけってわけだ。

 相変わらずあたしは故郷の石とかはないから、そこはさっとスルーしちゃって……なんて思ってたら。

「その辺に転がってる石にでも、願いをかけばいいんじゃねーですの?」

 アキちゃんが、そんなことを言い出した。

「えぇ? でも、はるばる故郷から持ってきた石だからご利益りやくがあるわけで、その辺の石じゃあ効果がなさそうな気が……」

「っていうか、別に故郷から石持ってきても願い事なんか叶わないわよ。……ここの石の精霊だって、そう言ってるわ」

「……そうなの?」

 鉄の十字架に触れながら、そんなことを言うアキちゃん。

 それが本当に精霊の言葉なのか、それともアミーナさんのときみたいに彼女が適当なこと言ってるのかは分からない。だいたい、キリスト教の十字架パワーに、石の精霊あんまり関係なくない? とも思うし。……けど。

 せっかくだから、あたしはそのアキちゃんの提案に乗っかることにした。まあ、ここまで来て何も願い事しないってのも、やっぱりなんかアレだし。


 あたしは、少し離れたところにあった石を拾ってきて、持っていたマジックペンで願い事を書いて、鉄の十字架の周りの小石の山の中に置いた。内容がちょっと恥ずかしかったから、アキちゃんには見られないように。

 アキちゃんも、適当に石を拾って願い事を書いていたみたいだ。しかも「別に見てもいい」なんて言うから、どんな願い事をしたのかなって覗いてみたら……わざわざエルフ語で書いたみたいで、何て書いてあるのか全然分からなかった。もう、なんだよっ!


 それからあたしたちは、石の十字架をあとにして、下りの道を進んだ。今日は霧がだいぶ晴れていて、雨も全然降っていない。それでも、昨日までの雨のせいで道は泥でグジュグジュで、しかも小石が転がっていて結構歩きにくかった。正直、膝への負担だけで言うなら、上り道よりも下りのほうがきつかったかもしれない。

 でも、昨日この道を上って来たアキちゃんが案内してくれたので、休憩とかペース配分とかは彼女に任せることが出来たから、不安とかは全然なかった。っていうかこの娘、ちょっと見ないうちに、また成長してやがるよ……。


 この峠のあたりは、昔はケルト人が住んでいたらしい。それを思わせるように、ボロボロのワラぶき屋根の家とか、大きさも色味もバラバラな石を組んで作った家とか、ケルト文化っぽい建築物をちょいちょい見かけた。

 でも、しばらくそんな下り道を進んでいくと、だんだん周囲が都会風になってきた。普通にスーパーとかマンションとかがあったり、レンガ造りのいかにもな感じのヨーロッパ風のお城が現れたりして、ケルトっぽさはなくなった。

 そこが、アキちゃんが昨日の朝出発した街、ポンフェラダだ。




★24日目☆彡  ~ ビジャフランカ・デル・ビエルソ(24km)



 今日は、ポンフェラダからずっと平坦な道が続いていた。しかも、町から町に移動する間も点々と集落とか民家みたいなものが途切れない。今までの、途方もないほど広い草原の中にポツンと放り出されたようなメセタとか。延々と続くフォンセバドンの山道とかと比べると、ずいぶん文化的な気がした。

 標高が下がったからか、リオハ州でよく見たようなブドウ畑がときどき目に入るようになってきた。


 一日の最後にあたしたちが到着したビジャフランカ・デル・ビエルソには、何か理由があってサンティアゴまでたどり着けない人へ、サンティアゴまで行ったのと同じだけのご加護を与えてくれる、「許しの門」という門がある。それは、シスターのフェリシーさんとアキちゃんが行ったサント・トリビオ・デ・リエバナ修道院にあるのと同じものだ。

 アキちゃんは当然、「そんなもん、興味ねーですわ」とか言ってた。キリスト教徒じゃないし、一応今のところはサンティアゴにたどり着く予定のあたしとしても、まあ特に行く必要もないかな……と思ったけど。でもやっぱり途中で思い直して、あたしはアキちゃんを連れてその門に行った。


 そして――余計なお世話かもしれないけど。この門の趣旨とは外れてるのかもしれないけど――、以前聞いた、途中で帰らなくちゃいけなくなったっていうヤイコさんの知り合いの人が、またこのカミーノに戻ってこれますように、ってお祈りをしておいた。




★25日目☆彡  ~ オ・セブレイロ(28km)



 ビジャフランカ・デル・ビエルソを出ると、森の中を通る舗装道路を延々と進むことになる。途中点々と集落みたいのはあるけど、出発地くらい恵まれている場所はしばらくない。だから、昨日の時点で非常食なんかはある程度補充しておいた。

 それでも、出発してからニ十キロくらいのラス・エレリアスっていう集落までは、わずかに「あれ、上ってるのかな?」ってくらいだったけど……その先の十キロは、カミーノが本気出してきた。

 このカミーノで一番の難所と言われている、セブレイロ峠だ。


 最大標高だけなら、この前のフォンセバドンを通るイラゴ峠のほうが上。だけど、このセブレイロ峠は、道の傾斜がもっと厳しい。イラゴ峠で上ったのと同じくらいの標高差を、二倍くらいの傾斜で上らなくちゃいけないんだ。峠のキツさは、多分、一番最初のピレネー山脈越えと同じくらいかもしれない。しかも、今回はあのときにはなかった、これまで歩いてきた分の疲労が積み重なっている。巡礼者を阻む最後の障害、越えるべき最後の壁として、申し分ないって感じ。


 でも……大丈夫だ。

 あたしはもう、何も心配はしていなかった。


 だって、今のあたしには、サンティアゴに行かなくちゃいけない目的があるから。隣に、アキちゃんがいてくれるから。

 彼女と一緒なら、どんな険しい山だって越えていける。どんなに厳しい道だって、進んでいける。二人なら、怖い物なんて何もない。今のあたしたちを邪魔できるものも、あるわけない。あたしたちはこのまま、ゴールまで行けるんだから! …………と思ってたのに。


「え……? この先、通れないの……?」

「そう、みたいね」

 そのときのあたしたちの目の前に、これまで見たこともないような「ものすごい壁」が、立ちふさがった。



 牛、うし、ウシ……。

 牛飼いさんが先導する大量の牛が道を横断して、進路を妨害していたんだ。確かにこの辺はチーズとかが有名らしいし、この峠を上る間も、放牧された牛たちが山の斜面の草を食べているのをよく見かけたけど……それにしたってその行列は、想像を超えるくらいに長かったんだ。

「もう、十分じゅっぷん以上は待ってる気がするんだけど、全然、牛の列が途切れないね? っていうか……もう普通に、邪魔なんだけど……」

「チカ、あの先導してるやつに何とか言って、どかしなさいよ」

「え、えー。それはちょっと……。牛飼いさんも、別に意地悪でやってるわけじゃないでしょ? 今通っているのは、ただのお仕事中なわけでしょ? そんなところに、ほとんど遊びでやってるあたしたちみたいな巡礼者が口出すのも……ねえ?」

「じゃあ、通り過ぎるのを待つしかないの? ……ああ、もう! めんどくさいわねっ!」

「ってか、むしろアキちゃんこそ、あの牛たちと会話とか出来たりしないの? 森の妖精の能力で、牛さんたちに『ちょっとそこ通りますよー』とか言ってさ、道作ってもらうこととか……」

「……チカは、エルフのことを何だと思ってるの?」

「え? いやあ……それはやっぱり、みんな憧れの森の妖精さんでしょ? だから、牛さんとかお花さんとかと普通にお話できるし、ウンチもトイレの芳香剤として再利用できて便利で……」

「ああっ⁉ やっぱりバカにしてますわね!」

「…………えへへ、バレた?」

「ちょっとっ! チカっ、いい加減にしなさいよねっ!」

 まあ、そんな感じで。

 それからさらに十分くらいアキちゃんをイジりながら待っていたら、その牛の行列もようやく途切れて、あたしたちは先に進むことが出来るようになった。

 そして、そこからは順調に峠道を進んで、ほぼ峠の頂点にあるオ・セブレイロという町のアルベルゲにチェックインした。


 実はあたしたちは、ここにくる道の途中で、州の境を意味する石の道標を通り過ぎていた。つまり、ここはもうすでにガリシア州……旅のゴールのサンティアゴがある、カミーノ最後の州に入っているわけだ。ゴールまでの距離も、残すところ百五十キロ程度。

 そうだ……もう、百五十キロしか・・ないんだ。

  

 今までだったら。あたしは、このカミーノがあと何キロあるって思ってた。アキちゃんがいなかった期間は本当に退屈で退屈で、正直、早くカミーノが終って欲しいって思ってた。


 でも、アキちゃんと再会してからは、カミーノが楽しくてしょうがない。なるべくなら終わって欲しくないって思ってる。そうじゃなくっても、少しでも長く続いて欲しいなんて考えてしまっている。

 あたしはやっぱり、彼女と一緒にカミーノを歩くことが、大好きなんだ。彼女といるのが……大好きなんだ。


 だからあたしはこの日……一つの決意をした。

 このカミーノが終わる前に、そんな自分の気持ちをアキちゃんにちゃんと伝えよう、って。

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