~ パンプローナ①

★3日目☆彡  ~ パンプローナ(18km)



 二日目の夜は、あたしたちはスビリという町の、民宿みたいな小さな巡礼宿アルベルゲに泊まった。

 昨日の朝にヤイコさんが言っていたように、道具をそろえられるような大きな店はパンプローナまではないみたいで、相変わらずアキちゃんは寝袋も何も持ってない。けど、割とアットホームな雰囲気のスビリのアルベルゲでは毛布を借りることが出来たので、――っていうか、そもそも同じベッドに寝る必要がなかったので――、昨日の朝にあったようなひと悶着痴漢えん罪事件は起こらなくて済んだ。

 ちなみに、巡礼者を証明するクレデンシャルについては、スビリの教会で売っていたので、アキちゃんの分はすでにそこで手に入れることが出来ていた。



 スビリを出た後は、また、木や植物に囲まれた田舎道が果てしなく続いていた……かと思ったら、途中で何かの工場の隣を通ったりすることもあった。でも、基本的には道は平坦で、相変わらず特に苦労することはなかった。

 途中、今日の目的地のパンプローナまで半分くらい進んだイロツという町のあたりで、お腹が空いてきたあたしたちは昼食をとることにした。


「な、何よこれ……? は、はあぁーっ⁉ 川魚の内臓を取り出して、その代わりに塩漬けした豚の肉の薄切りを中に詰めて、焼いたものですって⁉ 一食の料理に、どれだけの生き物の命を奪えば気が済むのっ⁉ 発想が、猟奇的なのよっ! これじゃあ、この魚も豚もかわいそうだわっ! こんな料理なんか、ワタシは絶対に、絶対に…………んんんーっ!」

 ニジマスと生ハムハモン・セラーノを使ったスペイン北部ナバラ州の郷土料理に、アキちゃんは昨日みたいな「緊張前振り緩和お約束」のお笑いみたいなことをやって……結局、全部きれいに食べていた。

 何となく彼女のことが分かってきたあたしは、食後のカフェオレカフェ・コン・レチェを飲みながら、そんな彼女を呆れ顔で眺めていた。


 そのとき。


 そんなあたしたちがいるレストランに、二人組の女の子の巡礼者がやってきた。

「あっれぇー。こんなところに、エルフの女の子がいますよぉー? 珍しいですねぇー、ちょっとお話を聞いてみましょぉーかぁー」

 二人とも、ショートパンツにTシャツっていうラフな格好で、見た目はすごく幼そうにも見える。けど、顔から判断するに多分アジア人だから、実際にはあたしと同じくらいの歳だろう。アジア人ってみんな見た目が子供みたいで、正直何歳なのかよく分かんないんだよね。

 二人のうちの一人の、クマみたいな耳がついたキャップをかぶっている娘が、こっちに近づいてくる。もう一人の娘は、そのクマ耳の娘にスマホのカメラを向けている。どうも、動画の撮影をしているらしい。

「こんにちはぁー? どこから来たんですかぁー?」

 撮影をしたまま、クマ耳の彼女がアキちゃんに話しかける。

「あぁん?」

 無断で撮影されたことに苛立っているのか、それとも単純に人間が嫌いだからなのか――多分、その両方かな……――、アキちゃんは、その女の子を睨みつけている。

 でも、おっとりした性格っぽい彼女は別にそんなこと全然気にしてないみたいだ。感じの悪いアキちゃんに対して、一方的にインタビューを開始した。

「巡礼者ですかぁー? どうして、カミーノを歩いてるんですかぁー? エルフの人の中にも、キリスト教信じてる人っているんですかぁー?」

「な、何よ、アンタ……どっか行きなさいよっ!」

「ああー、ここでご飯食べたんですねぇー? 美味しかったですかぁー? エルフの口にも、合う料理でしたかぁー?」

「う、うるさいのよっ! ああ、もう! こんなところにいられないわ! 出発するわよっ⁉」

「え? あ、う、うん」

 ついには、アキちゃんの方が根負けしちゃったみたいで、その女の子を無視してテーブルを立ってしまった。

 まさか、このめんどくさいアキちゃんを逆に困らせるような人がいるなんて……。

 やっぱ、カミーノってすげーや。ホントにいろんな人が歩いてんだなあー。

 ……なんて、感心してる場合じゃなかった! まだ会計済ませてなかったので、あたしは慌ててお店の人を呼ぶ。


 すると、そのアジア人の娘は、

「ああぁー、ちょっと待ってくださぁーい? せっかくですからぁ、ここから一緒に歩きましょぉー?」

 と言って、さっさと出発しようとしていたアキちゃんの手を強引に握って……、

「いぇーい! エルフちゃんと友達になりましたぁーっ! ……はいチーズ! タッカルビ!」

 なんて言って、勝手に記念撮影なんて始めちゃってた。

「な、何なのよっ! アンタはっ!」


 結局、あたしたちはそこから、その娘たちと一緒に歩くことになった。



 歩きながら話した内容をまとめると。

 クマの帽子をかぶっていた娘は、チョン姬珠ヒジュちゃん。韓国人の大学一年生で、夏休みに同じ大学の友達とカミーノにやってきたらしい。実は彼女、将来ユーチューバーになりたいと思っていて、このカミーノに来たのも、道中で見つけた面白いものを紹介する動画を作るため。さっき撮っていた動画も、あとで自分のチャンネルにアップしたいと言っていたので、どうせあんまりユーチューブとか理解していないだろうアキちゃんの代わりに、あたしが勝手にオーケーを出しておいた。

 それから、動画の撮影を担当していた娘のほうは、そのヒジュちゃんの友達。彼女はもともと大人しい性格なことに加えて英語が苦手らしくて、あたしたちとあんまりおしゃべりすることは出来なかった。


 ちなみに、そんなヒジュちゃんたちに対する、アキちゃんの反応はというと……、

「……」

 基本的に、無視。

 まあ、そもそも人間嫌いのアキちゃんだし、あたしにだっていまだに心を閉ざしていて、たまにしか口をきいてもらえてないので、想像通りと言えば想像通りなんだけどね。



 例えば……、

「ねぇねぇー? チカちゃんたちってぇ……カミーノの途中でおトイレ行きたくなったら、どうしてるぅー?」

「え? それは、次の町のアルベルゲとかバルまで我慢するとか……」

「うーん、そうだよねぇー。それが基本だよねぇ……。でもでもぉー、これからカミーノ進んでいくとぉ、十キロくらい何もなかったりする場所もあるらしいよぉー? そぉしたら、さすがに我慢するだけってのも厳しくないかなぁ?」

「え、マジ⁉ ……うーん、そうしたらさすがに、その辺の草むらとかでヤっちゃうしか、ないかなー」

「えー! チカちゃん、やだぁーっ⁉ きちゃなーいっ!」

「だ、だって、仕方ないでしょっ⁉ 他に、方法ないんだもんっ!」

「うふふぅ、冗談だよぉー。実は結構、みんなそうやってるらしいよぉー? 緊急事態のときは外でおトイレとか……カミーノだと、普通なんだってぇー」

「……」

「へー。あたしも小さいころはバルセロナで割といろいろヤンチャしてたけど……外でトイレってのは、さすがにないなー。やっぱ抵抗あるっていうか……現代人としての最低限のマナーっていうか……。ま、出来るなら、最後までそうならずに済むようにしたいよね」

「だよねぇー」

「…………」

「アキちゃんはどうー? そういうの、抵抗あるひとぉー? っていうか、エルフの国にもぉ、おトイレとかあるのぉー?」

「…………」

「あー、もしかしてぇ! 森の妖精だから、おトイレもいつも森の中で……とかぁー⁉ 排泄物も、自然に返してリサイクル、的なぁー?」

「…………くっ」

「ヒ、ヒジュちゃん、その辺にしといた方が……」

「やっだぁーっ! じゃあもしかしたら、アタシたちが森の中散歩したら、途中で偶然エルフの誰かが放置したウ○チを、見つけちゃうことがあるかもしれないってことぉーっ⁉ えー、ショックぅーっ! お上品で綺麗なエルフのイメージ崩れちゃうっー!」

「…………ぐぬぬぬっ」

「ヒ、ヒジュちゃん……」

 ヒジュちゃんから振られた話を、ずっと無視しているアキちゃん。その表情は、明らかな怒りの感情で歪んできている。でも、ヒジュちゃんはそんなの全然気にしていない。

「あー、でもでもぉ、もしかしたらジャンクフードとか食べなそうなエルフちゃんたちの排泄物ならぁ、不純物が入ってなくて、植物にはいいのかなぁー? 集めて肥料として販売したら、結構売れるかもぉー? ……うふふ。でもそうしたら、ヤバいエルフマニアの人が買い占めちゃったりしてぇ……」

「だぁーっ、いい加減にしなさいっ! さっきから、ゴチャゴチャうるさいのよアンタっ!」

 そしてとうとう、アキちゃんが爆発しちゃうのだった。


「このハイエルフのワタシに……そんな、下品な話を振るんじゃないわよっ!」

「えー? でもでもぉ、おトイレの話は、大事だよぉー? アキちゃんだって、これから絶対どこかでおトイレ行かなきゃなんだしぃー……」

「だから、黙りなさいって言ってるでしょっ! そんな下品で汚らわしい話は、汚らわしい人間だけでやってればいいでしょっ⁉」

「えぇーん。アタシはただぁ、女の子同士、おトイレの話も気兼ねなく情報共有したいと思っただけなのにぃー……」

「そんなの余計なお世話なのよっ! ハイエルフのワタシには、そんな必要はないのっ! だって、だって……」

 そこで、怒りがピークに達していたらしいアキちゃんは、勢い余って、

「だって、エルフはウンコなんかしねーのですからっ!」

 なんて言い始めた。


「えぇー、そうなのぉーっ⁉ すごぉーい!」

「いやいやいや……。それは絶対嘘でしょ? 昨日も今日も、あれだけ盛大に人間の料理食べておいて……ウ○コしないとか、ありえないし」

「しねーのよっ! する必要がねーのですわよっ! このワタシと、アンタたち人間とを、一緒にするんじゃねーですわっ!」

「へー、エルフの人ってぇ、おトイレ行かなくていいんだぁー? まるで、一昔前のあざといアイドルみたぁーい!」

 勢いで言ったことに引っ込みがつかないらしいアキちゃん。ヒジュちゃんは、彼女の発言に心底驚いている……振りをして、完全にからかっている。

 あたしとヒジュちゃんの友達は、そんな二人に呆れてしまっていた。

「っていうか昨日のアルベルゲで、アキちゃん普通にトイレ行ってたじゃん。別に悪いことじゃないんだから、そんな明らかな嘘つかなくても……」

「あ、あれは…………違うわよっ⁉ べ、別に、ウンコしてたわけじゃないわよっ⁉ そ、そうじゃなくて……そんな汚らわしくて臭い物とは違う……もっとキラキラして綺麗な、とてもいい匂いのする物体を排泄していただけで……」

 いや、トイレで排泄してたんだったら、それはもうウンコでしょ……。

「えぇー⁉ キラキラしていい匂いがするってぇ……じゃあもしかしてぇ、ときどきおトイレの隅に置いてある緑色のツブツブした芳香剤みたいなのってぇ……!」

「そ、そうよっ! あれが、ワタシたちエルフが出した排泄物なのよっ!」

「そうだったんだぁーっ! あ、じゃあ、ドラッグストアとかに売ってるトイレの芳香剤も、実はぁ……?」

「あ、当たり前でしょっ! ああいうのも、全部エルフの排泄物から作られてるのよっ!」

「へー! なぁーんだぁーっ! アタシが知らなかっただけで、もうとっくにエルフの排泄物って、商品化されてたんだぁー」

「そ、そういうことよっ! アンタたち人間どもは、ワタシたちエルフのウンコを、ありがたがってトイレに置いているってことなのよっ!」

 あーあ。もう、自分でウンコって言っちゃってるし……。


 そんな感じで……。

 引くに引けないアキちゃんと、からかい上手なヒジュちゃんのやり取りは、それからも止まらなかった。


 「アキちゃんをここまでからかえるなんて、ヒジュちゃんってホントにすげーなー」とか「アキちゃん、あとで正気に返ってめちゃくちゃ恥ずかしくなるんだろーなー」とか思っているうちに。

 いつの間にか……あたしたちは、今日の目的地のパンプローナに到着した。

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