派遣勇者は帰りたい~異世界召喚が多すぎて、僕の仕事が減りません

神代創

第0話 元勇者の仕事と日常

1:ありふれた召喚

 薄暗い部屋だ。

 照明は四隅の壁に灯された蝋燭のみ。

 薄衣を羽織ったのみの若い女性がひとり、一心不乱に祈っている。身を清めるために泉で沐浴した後なので、髪は濡れ、薄衣は体に貼り付き、ほっそりとした体のラインを浮かび上がらせている。

 唇から漏れるのは意味のわからないつぶやきのみ。古代神聖語の文言である。

 王女にして儀式を司る巫女の役割を負った巫女姫による神聖なる儀式。

 文言を唱え終え、巫女姫は手に持った杖を掲げ、石突きで床を打った。


「我が召喚に応えて、来たれ、勇者よ!」


 コツンと乾いた音が響いた。

 その音が消える間近、床が光った。金色の光が複雑に交叉する円を浮かび上がらせ、さらに目映く光ったかと思うと、まるで光の柱のように高い天井にまで伸び上がる。

 光の柱の中に人影が浮かび上がった。


「ああっ、勇者様!」


 巫女姫がすがるような声を上げ、ふらつき、倒れそうになる。杖でかろうじて体を支え、人影が立つ光の中に進み出る。

 召喚された少年はぼんやりした顔で周囲を見回した。


「……ここは?」

「勇者様、ここは貴方の世界とは異なった世界です」

「勇者……? ひょっとして異世界召喚ってやつ?」

「さようでございます」

「魔王と戦うとか?」

「今、我が王国は魔王の侵攻にさらされて存亡の危機に瀕しております。なにとぞ、勇者様のお力をお貸し下さい!」

「キタキターッ!」


 握りこぶしを固めて雄叫びを上げる少年は、そこでようやく体のラインがはっきりと浮かび上がった巫女姫の姿を見た。顔が赤くなり、視線をそらす。しかし、湧き上がってきた欲望に負けて横目でちらちらと盗み見る。


「……で、その、戦力はどうなってるんだ?」


 少年はついつい自分の欲望を隠すためにとっさに思いついた疑問を口にする。


「同じように召喚した先代勇者様は魔王討伐に発った後、行方知れずに。もうあなたしか頼る術がありません」

「でも、俺って普通の高校生なんだけど? 刀も振れないぞ?」

「それは大丈夫です。上位の世界から召喚された方はスキルを持っておられるはずです。先代勇者様もそうでした」

「へえ。せっかく召喚してくれたんだし、お姉さん美人だからいいけど」

「ありがとうございます! では、契約の呪印を――」

「はい! その召喚そこまでー」


 魔王討伐に向けて盛り上がるふたりの会話に突然、無遠慮な声が割り込んできたのだった。


    * * *


 まるで昔の自分を見ているような気がした。

 僕は目の前で巫女姫をガン見している高校生を見て、そう思った。盗み見しているつもりでいるようだけど、目は釘付けだ。まったく隠せてない。

 童貞には刺激が強い召喚主だ。気持ちはよくわかる。しかも、本人には色仕掛けという意識がまったくない天然だから始末が悪い。

 今となってはどれくらい前になるのかわからないが、僕はまったく同じシチュエーションになったことがある。あの時、あまり見ている余裕がなかったので、今さらながら目に焼きつけているわけだ。偶然とは言え、いいものはいい。ほっそりしているのに、出るところは大胆に出て、引っ込むところはキュッと引っ込む。理想的だ。

 そうこうするうちに僕の時と同じように話は進み、契約の呪印という言葉が巫女姫の口から出たところで、僕は口を挟んだ。


「はい! その召喚そこまでー」と。


 ふたりが僕の方を見る。巫女姫は闇を凝視するように、高校生勇者は音を立てて振り返って。


「感動的な場面に割り込んで悪いね。でも、契約しちゃうと面倒だからさ」

「いつの間に!?」


 まさにいつの間にだ。誰もいないはずの召喚部屋の片隅に何者かが膝を抱え込んで座っていたんだから。目立つのは嫌いだから、5分前からずっとここにいたんだけど。


「衛兵! 不審者です! なにを――」

「結界張ったから外に声は聞こえないよ」


 背後の扉に向かって声を上げる巫女姫に、指摘してあげる。自分でも親切だと思う。


「それにしても、また勇者召喚なんて、どういうこと? もう魔王はいないよね?」

「なっ、なにを! いい加減なことを言わないでください!」


 真っ赤な顔で怒られた。でも、言うべきことは言っておかないとね。


「でも、魔王は倒されたよね?」

「なにを愚かな妄言を! 魔王軍は今まさに我が王国を攻めてきています!」

「う~ん、トップが倒されてその下の連中が勝手に攻めてるだけじゃないかな。それくらいの戦力なら勇者は不要だから、召喚はいらないし。他力本願はダメだと思う」


 巫女姫は戸惑った表情で僕を見る。そりゃそうだろう。いきなり身も知らない男から説教されたら誰だってそうなる。

 でも、この場合は、もうひとつ理由がある。


「ひょっとして、何も知らされてない、とか?」

「なにを……ですか?」


 巫女姫の戸惑い100%な表情に、僕ははあっと大きなため息をついた。


「……ノアの報告どおりかぁ。僕の時にわかってたらなぁ」

「え? どういう……」

「いや、こっちの話」


 僕は慌てて口を閉ざす。巫女姫は真剣な表情で僕を見つめる。前の時も真面目だったよなと思い出す。それを利用するとは罪深い野郎だ。


「魔王の話は本当……なのですか?」

「僕はウソは言わない。騙された相手には寛容だ。あなたも含めてね」

「私が騙されている……ということですか?」

「金も戦力もないから勇者を召喚しろって言われたんだろ?」

「は、はい。しかし、すでに我が軍には満足な武器も資金も……」

「金なら国王がため込んでるから問題ないよ」

「お父様が!?」


 巫女姫が身を乗り出したことで、忘れ去られていた勇者が我に返った。


「お、おいおい! 勇者の俺を放って何の話をしてるんだ?」

「黙っててくれる、勇者様?」

「黙っていただけますか、勇者様」

「……あ、はい」


 勇者は呆気なく沈黙した。ずいぶん押しに弱いタイプだな。これじゃ勇者として戦っても苦労しそうだ。うちの組織にもあうかどうか。


「ひとつ教えとくよ。魔族の侵攻は元々国王のせいだ。金鉱脈のためにそこに暮らしてた魔族を根絶やしにしたせいで魔族が蜂起したんだ」

「そんな!?」

「だから魔族の侵攻を止める方法なんて簡単なんだよ。人ひとりの命と全国民の命、どっち?」

「どうしてそんなことを私に……」

「まあ、ついでみたいな? 後はこの世界でなんとかして。じゃあ、そこの勇者様を回収させてもらうね」


 僕はひょいっと立ち上がって、勇者の背後に跳ぶ。その動きに勇者は目を剥いて言葉を失い、巫女姫は目を見開いた。


「あ、あのっ……あなたは……もしやイタール様!?」

「いや、違うって。顔だって違うでしょ? ほらほら」

「確かに違いますが……。でも、覚えています。その仕草。いつも隅にいて存在を気取らせないスキル」

「影が薄いだけだって。いや、気のせい気のせい」


 そう言って手を振ると、僕は勇者の少年の肩を叩く。


「ちょっと上司から仕事押しつけられて忙しいんで。ほら、行くよ」

「え? いや、ちょっと待て! 勇者の話は――」

「いいことを教えてあげよう。勇者なんてなるもんじゃないよ」


 僕はそう言うと、ポケットから円筒形の機器を取り出した。大きさはスマホの充電池くらいで、安全装置のついたスイッチがふたつ。充電レベルを示すインジケーターが並んでいるのも充電池っぽい。


「アンカー作動」


 安全装置を外して赤いスイッチを押すと、ブンッと空気が震える音がする。


「忘れないでね、国王の悪行」


 僕の言葉が終わると同時に、周囲の景色はかき消え、勇者の息を飲む音が妙に大きく響いた。


    * * *


 召喚した勇者と謎の男が消えると、たったひとり残された巫女姫は虚空に向かって頭を下げた。


「……感謝致します、勇者イタール様」


 巫女姫は祈りを捧げるように拳に反対の手を添える。


「父上を断罪します」


 毅然と顔を上げると、そうつぶやき、召喚儀式の間を後にした。

 その後、王国は国王の逝去と、巫女姫による魔族との和解を公表したというが、異世界のことなので、確たることはわからない。

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