トウキョウ・サイバー・デーモンズ２１２４【Tokyo Cyber Demon's 2124】

２２ 使い捨て：Disposable

「陣笠の……あンたが、カドクラの企業工作員（エージェント）かい？」

　初対面の朝比奈（アサヒナ）は、ミーティングを終えた会議室を出たところで、咲耶（サクヤ）の陣笠を指さして話しかけてきた。

「どうしてそう思うんです？」

　咲耶（サクヤ）はミーティングでは一言も発してはいない。ただ後ろで静かに成り行きを眺めていただけだ。

　それを一目で企業工作員（エージェント）と見抜いた。

　だが聞けば、至って単純な理由だった。

「ミーティングの最中に、全員に追跡（トラッキング）を仕掛けたンよ。何かしら反応したのは陣笠の旦那一人だった。つまり、あンたは魔術師（ウィザード）か、少なくとも情報屋（トランジスタ）ってことだ。まあそれに……」

「それに？」

「ニシカミ商事（ショージ）は、まあ付き合いは長いンだが……ここは今一つ、時世に鈍くさくてな。古臭い会社に命を預ける魔術師（ウィザード）は居ねえ……とすれば、あンたはカドクラから派遣されてきた人間、ってこった」

「それじゃあ、カドクラに取り入るのが目的で？」

　咲耶（サクヤ）が意地悪く云うと、トバ組（ギルド）の男は軽く肩を竦めた。

「そンな悠長な話じゃねえよ。今回は仕切りがニシカミだからな……保険を掛けておきたかっただけだ。陣笠の旦那も貧乏クジを引いたクチだろう？」

「貧乏クジ……まあ、たしかに」

　仕事は仕事。そういうスタンスの咲耶（サクヤ）はあまり考えたことはなかったが、言われてみればこういう仕事は貧乏クジなのかもしれない。

「今回の件でニシカミ商事（ショージ）もケツに火が付いててな……ウチの組（ギルド）も先代が世話になってる縁故があって、無下にも出来ねえが、こんな仕事で組員（ギルドメンバー）を失うのも莫迦らしい。だから打てる仕掛けはやって置こうって事さ」

　ニシカミ商事（ショージ）も、元々から時代遅れの企業だったわけではない。カドクラのセキュリティを極一部でも任される程度には、過去の業績は振るっていた。

　だがそれは過去の話だ。

　トバ・スクリームフィストが活躍していた時代には、一線級の企業だったのかもしれないが、今や情報屋（トランジスタ）すらも居ない、荒事請負（トラスト）以下の三流に成り下がっている。

　とはいえカドクラにしても、このトバ組（ギルド）の魔術師（ウィザード）にしても、彼らの過去の業績を無下には出来ず、結果、目的も意味も良く分からない仕事のための仕事に、命を懸ける羽目になった連中が群れることになった。

「オレにも戦ってほしいと？」

「……それは願ったりなンだがね。だが、そうするとあンたに怪我をさせたくないニシカミに角が立つだろ。まあ、こっそりとバックアップしてくれるだけでも助かるって話さ」

「トバ組に情報屋（トランジスタ）は？　伝説の情報屋（トランジスタ）が作った組（ギルド）なんじゃ？」

「組長（ギルドマスター）はそりゃあ情報屋（トランジスタ）だがね……こんなザマの現場に、先代の一人娘を担ぎ出すわけにもいかンでしょ」

「ああ……なるほど」

　つまりこの男は、組（ギルド）の社会的な生存のために手下を連れてここに来た。

　筋を通し、先代の一人娘が生きていれば組（ギルド）は存続できる。だが、だからといって自分や組員（メンバー）の命を安く見積もりたくはない、と。

　その割には、生き汚い風もない。組員（メンバー）を捨て駒にすることも多い荒事請負（トラスト）にしては珍しく、ガラの悪さに反して清廉な気配のする男だった。

　咲耶（サクヤ）は仕事で死んだらソレで終い。そう割り切って今までやってきたので、この男に妙な興味と好奇心を抱いた。

「アンタ、名前は？」

「朝比奈（アサヒナ）……トバ組（ギルド）の朝比奈（アサヒナ）薫（カオル）だ。あンたは？」

「アルテミス・ワークスの魔術師（ウィザード）、鹿賀（カガ）咲耶（サクヤ）。早速ですけど、コレを」

　咲耶（サクヤ）はクロムウェア・チップを取り出して朝比奈（アサヒナ）に差し出す。

「これはなンだい？」

「接続した粒子制御（デーモン）デバイスを中継器（プロキシ）にして、こっちで情報を拾える盗聴用のクロムウェア・チップです。朝比奈（アサヒナ）さんの身体を操ったりはしませんから、安心してください」

「その言い方だと、付けてると陣笠の旦那が、俺の身体を操ったりも出来るように聞こえるンだが？」

「朝比奈（アサヒナ）さんは生身ですから、難しいですが出来ますね。そこらへんは信用してもらうしか」

　朝比奈（アサヒナ）を試すつもりはなかったが、試すような物言いになってしまったなと、咲耶（サクヤ）は内心、反省する。

「まあ旦那も、黙ってりゃいいことをわざわざ言ってくれてンだ。俺も信用するとするよ」

　怒るかとも思ったが、意外にも朝比奈（アサヒナ）は笑って受け取った。

　　　　　　　　　　　　　　　＊

　それはそれとして、案の定、現場は碌でも無かった。

　朝比奈（アサヒナ）が長光剣（ナガ・ドス）で、スキンコートも終わっていない新連邦国（グラード）の戦闘義体（ウォーフレーム）を斬り捨てるのを、咲耶（サクヤ）は工場の外に留め置かれたモニター車から見ていた。

「こっちの人形は片付いたぞ。軽傷二名、重傷者一名、回収を頼む」

　トバ組（ギルド）の方は優勢。しかしニシカミ商事（ショージ）の部隊はすでに潰走を始めていた。

　新連邦国（グラード）系列の企業がニュートウキョウ外郭（アウター）東の工業地帯の一画に保有するその工場は、表向きは工業用クローム組み立て工場。

　テロリストに戦闘義体（ウォーフレーム）の供与を行っている実態が発覚したとはいえ、十年以上の活動実績がある工場で、ニシカミの事前調査では「工場の設備を一部転用したタイプで制圧は容易」とのことだった。

　しかし、現実は新連邦国（グラード）側に襲撃の情報は洩れ、組み立ての終わっていた戦闘義体（ウォーフレーム）に待ち伏せを受ける。

　朝比奈（アサヒナ）を擁するトバ組（ギルド）のチームは、相手の企業工作員（エージェント）と戦闘義体（ウォーフレーム）を退けることに成功したが、ニシカミ商事（ショージ）のチームは話にもならなかった。

　そこまでは予想通りと言えば予想通りだ。

「しかし、この気色の悪い人形は一体なンだ？　陣笠の旦那よ」

　斬り落とした戦闘義体（ウォーフレーム）の骸骨首を蹴り飛ばしながら、朝比奈（アサヒナ）が聞いてくる。

　まだスキンも張られていないような、急増で組み立てられただけの戦闘義体（ウォーフレーム）。敵はそれに【自動人形（オートマトン）】を入れ、銃を持たせて操っているようだった。

「新連邦国（グラード）の潜伏用戦闘義体（ウォーフレーム）ですね。本来は、そいつに工作員の脳みそと脊椎、内臓の一部なんかを移植してサイボーグのスパイにするんですよ。外見も自由に弄れますから、日本国（フェザント）のような単一民族国家に潜伏させるのに便利だとか何とか」

「体をサイバーウェアに置きかえるンじゃあなくて、脳みその方をサイバーウェアに詰めるって話かい。ゾッとしねえな」

　朝比奈（アサヒナ）が肩を竦める。

　彼は前線に立つには珍しく、体をサイバーウェアに置き換えていない。サイバーウェアは本来、欠損部位を補う医療技術だから、それだけ朝比奈（アサヒナ）の戦闘屋（ヴォーパル）としての実力や嗅覚が優れているという話ではあるのだが、どうもそれだけでは無い様だった。

「脳みそを使わず、パーソナル・データと記憶痕跡（エングラム）をクロムウェア・チップ化して組み込むソリッド型ってのも在るらしいですけどね。そうなるともう、人間なんだかロボットなんだか……」

　咲耶（サクヤ）がそんな冗談を言っていると、朝比奈（アサヒナ）の表情が強張った。冗談が詰まらなかった、などという悠長な話ではなさそうだ。

「陣笠の旦那、そのロボットの話なンだが……脳みそを詰める先に、市街専用の多脚戦車（オクト）なんてのも、あったりすンのかい？」

　朝比奈（アサヒナ）の粒子制御（デーモン）デバイスを中継器（プロキシ）にして送られてくる映像には、工場の奥から、機材を蹴飛ばしつつ現れた多脚戦車（オクト）が映し出されていた。

　車体のサイズは通常の戦車よりも小さいが、車輪を備えた多脚型であるため、縦横に大きい印象を受ける。

　名の由来のタコというよりは、地グモの方がシルエットは近い。

「新連邦国（グラード）のＴ６６６アシミノク……朝比奈（アサヒナ）さん、逃げろ。トバ組（ギルド）の装備じゃそいつの装甲に歯が立たない」

「そうは言っても、こっちは負傷者抱えてンだぜ？」

　そう言いながら、朝比奈（アサヒナ）は負傷者を連れて部下を退避させ、自分は一人足止めするためか、多脚戦車（オクト）の方へと移動を始めている。

「――運び屋（リグ）は？」

　咲耶（サクヤ）がモニター車内を振り返り、ニシカミ商事（ショージ）の部長に聞くと「彼は目を逸らしながら、そんなものは雇っていませんよ。予算もありませんし」と言った。

　その様子から、問答をしたところで意味のないことだけは分かった。

「……わかりました。オレが出ます」

「そ、そんな！　やめてください！　貴方に何かあったら、我々はカドクラから切られてしまう……！　荒事請負（トラスト）なら損害も保険も契約に織り込み済でしょう？」

　行く手を遮るニシカミの部長の言葉に、咲耶（サクヤ）は何とも言えない気持ちになった。

　人間を道具扱いする意味では、命を使い捨ての駒にするのと、脳みそにして機械（クローム）に詰めるのとでは、どちらが酷いだろうか？

　しかも笑えないことに、朝比奈（アサヒナ）たちを使い捨てにしようとしているこのニシカミ商事（ショージ）も、カドクラに棄（す）てられる寸前で必死に足掻いていた。そして、そのすぐ上に座っているのが咲耶（サクヤ）だった。

「……なら……好きにするさ」

　モニター車を出ようとした、咲耶（サクヤ）の掴むドアの取っ手が、彼を覆う防壁（ＩＣＥ）の過剰冷却で霜を吹いていた。