14 運び屋:Rig

 冬の早朝。まだ冷え込むが、夜はすっかり明けていた。

 店の入っているビルの表に、呼び出した運び屋リグの装甲付六輪オフロード車――車種はマキノ社のロードビーストが止まる。

 朝比奈アサヒナはトレンチコートを羽織り、運び屋リグ六輪オフロード車マキノ・ロードビーストにスーツケースを積み込むと、その傍らで葡萄の香りのする電子タバコを吹かせた。


弁天ベンテン姐さんがサブネットを突破クラック中ってことは、まだ時間掛かりそうっスか? 朝比奈アサヒナさん」


 呼んでおいた馴染みの運び屋リグ涼風スズカがスティックの付いた飴を咥え、タブレット端末を取り出しながら言った。

 幼い外見と行動の子供っぽさから、あまり名の売れたドライバーではないが、運び屋リグとしての腕は間違いなく一流で、朝比奈アサヒナは気に入って贔屓にしている。


「急ぎの用でもあるンか?」

「いえ、まだ掛かりそうなら、これからクエストでもやろうかと」

「ゲームの話かよ」


 いつもこんな感じなので一見さんの心象は最悪らしいが、涼風スズカ曰くは「無駄に愛想を振りまいて、ヤバい客に当たるよりはいい」とのこと。

 ごもっともだが、それで商売が務まっている涼風スズカは運がいい。


 そんなこんなで待つこと三十分。店の中からようやくマキシが出てきた。

 白い猫耳パーカーを目深に被り、入ってきた時とは打って変わって、覇気のない様子でヨロヨロと歩いている。


「ずいぶんと、弁天ベンテンの姐さんに遊ばれたみたいじゃねえか」

「ひどい目にあった」

「まさか見てくれのまンま、あっちの方も初心ウブだとはな。はは――」


 笑いながら冗談を言っていると、一瞬で多関節ブレードマンティス・ブレードが鼻先に飛んできた。


「わかった。すまン。俺が悪かった。だから店の軒先で刃物を出すンじゃないよ……危なっかしくてしかたねえ」


 多関節ブレードマンティス・ブレードの刃先を摘まんで突き返す。

 その刃は防壁ICEで凍結していなかったから、何となく冗談は理解しているのだなと、朝比奈アサヒナは好意的に解釈することにした。


「それで、必要な情報は引っ張れたンか?」

「もちろん。散々、頭ん中も身体もまさぐられて、何も出ませんでしたじゃ冗談にもならない」


 そう言いながら足をモジモジとさせて、口元をゴシゴシと拭っている。


――これだけ見てりゃ、年相応の娘っ子なンだがな……


 そんなことを考えていると、摘まんだままだった多関節ブレードマンティス・ブレードの刃先が、ヒュッと収納され、朝比奈アサヒナは我に返った。


海里カイリ咲耶サクヤと一緒に、エア・ビークルで“流星”のところへ向かう予定らしいわ。急がないと」

「良くない予想が当たったンか。弁天ベンテン姐さんは?」

氷の棺桶ICEコフィンに入るって言っていたわ」


 そう言ってマキシは、弁天ベンテンから預かったというクローム・チップを手渡す。

 朝比奈アサヒナはチップを粒子制御デーモンデバイスに差し込むと、電子タバコを仕舞って、涼風スズカのロード・ビーストの助手席に乗り込んだ。


「乗りな」


 朝比奈アサヒナがそう言うと、涼風スズカが気を利かせて、後部座席の扉を開く。


「お客さん、どちらまで?」


 マキシが後部座席に乗り込んだのをバックミラーで確認し、タクシーの運転手めかして聞いた。


「場所は七十八区、御岳の山中、大急ぎで」

「了解っス」


 涼風スズカが車のエンジンをスタートさせると、ゴツイ車体に六輪を履いたエンジンが、一世紀前のガソリン車のような唸りを上げる。

 電気自動車エレクトロにはない、ピストンの振動がシートを通して伝わってきた。


「この音……もしかして、機械式の自動車?」

「分かるっスか? 嬉しいっスね。さすがにエンジンを回しているのはガソリンじゃなく、センサ・ネットっスけどね。ハイブリッドってやつっス」

「何でまたそんな手間のかかる車を?」

運び屋リグはみんなハイブリッドに乗ってるっすよ。動力にピストン機関レシプロ・エンジンを咬ませた方がパワーが段違いダンチなんス」


 そのパワフルなトルクをハンドルとクラッチで滑らかにコントロールしつつ、法定速度を無視して車を発進させた涼風スズカが答える。


「制御が電気自動車エレクトロより難しいんじゃ?」

「そこは腕の見せ所っスよ。そもそも貧弱なトルクの電気自動車エレクトロを、AIアプリで走らせるだけなら、正味、運び屋リグなんて要らないっス」


 紡錘体スピンドル型構造物の内側を地面にする宇宙コロニーでは、小型のエア・ビークルが足として使われていると聞いた事がある。

 だからマキシにはイメージしにくいのだろう。


 電気自動車エレクトロには無い、腹に響くエンジン音を響かせながら、涼風スズカ六輪オフロード車マキノ・ロードビーストは下道を飛ばし、あっという間に首都高に乗った。

 早朝という事もあってか車もまばらで渋滞もない。

 エア・ビークルの無かった大昔は、ニュートウキョウの大動脈として混雑していたらしいが、今は輸送手段の発達で、そこまで重要視されることもなくなった。

 何にせよ、急いでいる身からすれば有難い。このままのペースで外環まで出れば、目的地は直ぐだ。


弁天ベンテン姐さん、現地の状況は?」


 朝比奈アサヒナは首に差し込んだクローム・チップを起動して、氷の棺桶ICEコフィンで眠る弁天ベンテンとのサブリンクを確立する。


 氷の棺桶ICEコフィン情報屋トランジスタのネット・クロウル・ベッドで、見た目が防壁ICEユニットと中継器プロキシ、そして冷却装置ヒートシンクで出来た歪な棺桶のような形状からそう呼ばれる。

 情報屋トランジスタはその中で眠り、その間“エイリアス”と呼ばれるアバターに意識を転写して、センサ・ネットを泳ぐ。


 その弁天ベンテンのエイリアスが、赤い粒子の荒いドットで描かれて、朝比奈アサヒナの傍らに現れた。


『現場にはカドクラの私設師団ディヴィジョンが展開してる。でも少し様子がおかしい。何かと交戦しているみたいだけど……交戦相手の姿が“見え”ない。同士討ちしているような……変な状況ね』


 弁天ベンテンのエイリアスが、時折、ドットの波に姿を変えながら言う。

 その姿はインターフェース用の幽霊であり、クローム・チップでサブリンクを接続した朝比奈アサヒナにしか見えていない。


「カドクラの特殊部隊まで出張ってンのかよ……送ったら俺は帰っていいか?」

「駄目。朝比奈アサヒナ戦闘屋ヴォーパルとして雇ったでしょ」

「その人、戦闘屋ヴォーパルのクセに、ヤバくなったらさっさと逃げるっスよ」

「おいこら涼風スズカ。人の商売にケチ付けるンじゃないよ」

「自分、車の分かるお客は大事にしたいっスから」

朝比奈アサヒナは贔屓にしてるって言ってなかった?」

「贔屓にはしてくれるけど、朝比奈アサヒナさんは、走れば車は何でもいいってタイプっスからねぇ」

「じゃあなんで涼風スズカさんを贔屓にしてるの? ロリコン趣味とか?」

「ぶッ――お前、さっきの仕返しか?」

「自分、売りはやってないっスよ」


 言ったマキシは興味の無さそうな顔。

 一方、言われた涼風スズカの方は動揺した様子もなく、繊細なハンドルさばきで、首都高を軽快に飛ばしている。

 動揺したのは朝比奈アサヒナだけだった。


『私も涼風スズカを使うのは、カオルの趣味だと思っていたんだけど』

弁天ベンテン姐さん、そりゃあンまりだ」

『えっへっへ――』


 笑う弁天ベンテンの声が、途中からトーンを落とした。


「どうした?」

『……マキシちゃん、やっぱり追手が居るわね』

「サイボーグの嬢ちゃん、お前さんはお前さんで、一体誰に追われてンだ? 俺に依頼をしてきた奴も弁天ベンテンに洗ってもらってはいるが……」


 そう、マキシを問い詰めようと思った矢先だった。


カオル、後方五十メートル』


 弁天ベンテンから送られてきたデータが、朝比奈アサヒナのサングラスに表示される。

 データは追手の車種、そこから発進する戦闘アサルトドローンの型番。


涼風スズカ、後方五十、追手だ!」

「了解っス!」


 涼風スズカが待ってましたと言わんばかりに軽快な音を立ててギア・レバーを入れると、一気にアクセルを踏み込んだ。

 首都高を流していたマキノ・ロードビーストが、鞭を入れられて最高速度トップスピードに加速。

 前方を軽快に走っていたスポーツ・カータイプの電気自動車エレクトロを、一瞬にして抜き去る。


「嬢ちゃん!」


 シートに押し付けられる感覚を味わいながら後ろを振り返ると、云われるまでもなくマキシが天井トップハッチを開けて身を乗り出していた。

 白い猫耳パーカーが朝日を浴びてはためいている。

 見え隠れする銀の腕、手には、例の電磁加速レールハンドガン。


――キィンッ!


 その独特の発射音が響いて、後方の車両から浮き上がり、チェーン・ガンの射程に入ろうと飛来した小型の戦闘アサルトドローンを撃ち抜いた。


 首都高に爆炎の華が咲く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る