分岐点

「その日は何も考えられなくて、帰ってお風呂に入ってすぐに眠りました。それで朝起きたらイヤリングが無くて。もうそういう事だなって。女優さんのお仕事は諦めようと思いました。もう全部辞めようと。だけど、有難いことにもう頂いていたお仕事もあったので、まずはそれをやりきろうと、ひたすら全力でお仕事をしました」


きっともうミルクティーは冷めてしまっているだろう。


「この喫茶店に初めて来たのは、お仕事をやりきった日でした。今日で終わるんだなぁって、他人事のようで。実感がなくて。だから、お仕事が終わってピアッサーを買いました」


その帰り道、この喫茶店を訪れた。

彼女がイヤリングを落とした場所は大通り。そして、この喫茶店はそこから数歩先の小道にある。本当に偶然、チラッと横を見た時に看板が目に入ったらしい。なんだか真っ直ぐ帰る気にもならなくて、立ち寄ることにしたと。


「珈琲を飲みながら、色々なことを考えました。このお仕事が好きだし、まだまだ足掻きたい気持ちもあった。だけどそれと同時に、苦しくて仕方なかったんです。楽しいことも苦しいことも、全部思い出しながら、鞄の中のピアッサーを見て、覚悟を決めました。珈琲を飲み終わる頃には、気持ちがスッキリしていて。帰ったらピアスを開けるつもりでお店を出ました」


なるほど。その直後にあの貼り紙を見つけたんだ。

…だとしたら、とても余計なことをしたんじゃないか。不安と罪悪感で鼓動が早くなる。彼女の決意を無駄にしたんじゃないかと。

でも彼女は意外にも、そんな僕を見て笑った。


「ふふ、そんな顔しないでください。言いましたよね、神様だって」


「でも、僕のせいで…」


「拾ってくれた人にそんな酷いこと思うわけないでしょ。感謝しかない。本当に」


突然の彼女の砕けた言葉に、今度は自然と安心感を覚えた。


「私、イヤリングが戻ってきた時、嬉しくて仕方なくて。最初は勝手なただの願掛けだったけど、知らない間にこのイヤリングそのものに私の夢を乗せてたんだなって。なんか可笑しくもなっちゃって。まだこのお仕事を続けていいよって、神様に言われた気がしました。…途端に気持ちが軽くなって、帰り道、迷わずピアッサーを捨てました!」


そう言った彼女は、あの日と同じ、イヤリングのような笑顔だった。

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