8 アルジャーノンお兄様からのお土産

 部屋の中を見て固まった私をスルーして、アルジャーノンお兄様は説明し始めたんだけど、所々分からない単語が入るため、ターナがゆっくり噛み砕いて説明してくれたのを私なりに解釈した結果。


 檻の中にいる少年と車輪のついた乗り物が、アルジャーノンお兄様のお土産。

お土産に人を持ってくるなと言いたいんだけど、この世界の常識もいまいち把握しきれていないし、前世の価値観を持ち出すのも変に思われるので、スルーしよう。


 お土産その1、檻の中にいる少年。

年齢は10歳。そして、頭上にケモ耳。後ろから、うにょんとシマシマの尻尾が見える虎族の獣人。ちなみに、たぶん奴隷っス。怯えの中に悔しさを滲ませた表情をしております。見ているだけで私の心がガリガリと削られていくんですが、アルジャーノンお兄様やターナを見る限り、これに慣れないといけない模様。


 お土産その2、車輪のついた乗り物。

見た目は、ご成婚パレードで使いそうなオープン仕様のゴテゴテしたシンデレラ風の馬車。ちゃんと日焼けしないようにサンシェードがついております。私が5歳くらいまで使えるとのことで、そこそこの大きさがあるんだけど、今の私には大き過ぎるということで、内部にはクッションとぬいぐるみが敷き詰められていて、とってもファンシーで可愛いよ。これが、あれか。夢かわいいとかいうやつか。


 そんでもって、この車輪のついたシンデレラ馬車ね。

前方に紐がついてんのね。とっても高そうな紐で、これを引っ張ると馬車が動くのよ。


 つまり、お土産はこの馬車で、これに乗った私を引っ張るためだけに買われたのが、この虎族の少年というわけなのだ。


 お金持ちの考えることって、アンジーには分からないよ。


 ちなみに、右を叩けば右に曲がる、左を叩けば左に曲がる。停止は1回、速度アップは2回叩くんだよって、むちも渡されたました。

いや、口で言えば良くね!?こわいよ!やらないよ!


 こ、ここは、勝負どころよ、アンジー。

なるべく愛らしく見えるように無邪気な感じで私は頑張った。


 「アンジーの!!ありあとー、アルにーたま!!だーじにしゅるね大事にするねたーにゃターナだーじにしちぇね大事にしてね?」

「はい、アンジェリカ様」

「気に入ってくれて良かったよ。クリフが雌の方がいいとか言っていたけど、雄の方が丈夫だからさ」


 いま、雄とか雌とか言わんかったか、この兄ちゃん。


 引きつりそうな顔を笑顔で誤魔化してスルーし、さっそく乗ってみたいという態度でサッサと虎族の少年を檻から出すことにした。


 私の部屋の外には芝生の敷かれたお庭がありまして、そこでテスト走行してみることになったのだけど、ここで一つ問題が。


 「アルにーたまー」

「何?アンジー」

ちょらしゃんのおにゃまえお名前はー?」

「は?」

「若様、虎さんのお名前は、かと存じます」

「通訳ありがとう、ターナ。ていうか、名前?そんなものないよ。獣人のましてや奴隷なのに」


 わぁお。カルチャーショックだわ。

俯く虎族の少年に直接聞こうにもそれをしてはいけないような雰囲気をひしひしと周囲から感じる。


 えぇい、ままよ成り行き任せ!!


 「んじゃ、アンジーがちゅけるー!んっとね、んーと、ティー!ティーって呼ぶー」

「うん、いい名前だね。贅沢なやつだよ。アンジーに名前をもらうなんてさ」

「いいじゃないですか、アルジャーノン様。それほどアンジェリカ様はお喜びになられたということですよ」


 いい名前だと言ったアルジャーノンお兄様が、その後に何て言ったのか聞き取れなかったんだけど、早口でボソッと言ったことを思うと聞かせるつもりはなく、独り言のようなものだったのかな?

本当は、ティグルと呼びたかったんだけど私の滑舌じゃ、ねぇ?ということで、しばらくはティー君と呼びますよ!


 ターナにシンデレラ馬車に乗せてもらい、ティー君に引っ張ってもらった。


 やべぇ、ちょー楽しいんですけど!!

何で幼児って、たいしたことないものでも楽しいんだろうねぇ。


 「キャハハハっ!ティー、みぎー!」

「はい!」

こんじょ今度ひじゃりー!」

「はい!」

「はやくー!」

「はい!」

ていちー停止ー

「はい!」


 最初に無言で指示に従ったティー君にアルジャーノンお兄様は、「返事をしろ、奴隷!!」と、怒ったので、指示がある度にお返事をしてくれてます。すまんね。それと、テンション上がりすぎて滑舌が死んで、段々と何を言ってるのか自分でもよく分からないのに、ティー君はちゃんと分かってくれました。


 「楽しかったかい?アンジー」 

「うんっ!たのちかった!!ありあとー、アルにーたま」

「ふふ、どういたしまして」


 シンデレラ馬車から降りるときには、アルジャーノンお兄様が降ろしてくれて、そのまま庭に置かれている私専用の幼児椅子に座らせてくれた。

ターナが私にジュースを用意してくれて、アルジャーノンお兄様の手土産であるマフィンっぽいのをいただくことになった。


 「おいちぃー!」

「そう?良かった。今日のは新しく出来た店のを買って来たんだよ」

まちゃまた、食べちゃい!」

「いいよ。また買ってきてあげる」


 お菓子は美味しいんだけど、ティー君が座ることも許されずにシンデレラ馬車の横に放置されているのが耐えられない……。


 私は空気の読めない幼児、空気を読まない幼女。

よし、やろう!


 「こりぇこれ、ティーに、ごほーびご褒美にあげりゅー!」

「いいんだよ、アンジー。奴隷にはあとでちゃんと餌をあげるんだから」

「うん?あげちゃらめダメ?アンジー、ティーにあげちゃい……」


 しょんぼりと俯くと動いてくれるのを分かっていてやってるよ!

ということで、アルジャーノンお兄様はため息をついて「あげていいよ」と言ってくれたので、ターナに椅子から降ろしてもらって、ぽてぽてとティー君のところまで行ってマフィンっぽいお菓子をあげた。


 私がそばまで行くとティー君はサッとひざまずいてくれたので、「ごほーびー」と言って渡すと目を潤ませて受け取ってくれたから、「ちゃんと食べちぇねぇー」と言って席に戻ることにした。


 思いっ切りはしゃいで楽しく遊んで、お菓子を食べて満足したら眠くなってきたなー。


 あー、でも、何でだろう?

夜にしかならないはずの悪寒がちょっとするのは……。


 

 


 

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