第21話 姉が兄でやって来る

放課後。

「どうしたんだぁい?可愛い子猫ちゃんっ」

「1名さまご来店な感じ~??」

鈴(りん)はホストクラブに迷い込んでいた。

あまりに唐突な展開である。


今日は塾の体験入学の日。鈴も今年は受験生だ。

そこで部活終わりに予約した塾へ向かったのだが、6階建てビルの扉を抜けると地下への階段、そして薄暗い空間へ。

しかもここホストは、色とりどりのスパンコールジャケット、主張の激しいのウルフカット、茶髪に金髪、つまようじのような細さの眉、ギャル語…一昔前のスタイルだ!!!!!!


「あの、今日は体験で来ました」

鈴はまだ塾の可能性を捨てていなかった!!!

「た、体験…?んっと、おもろい子~!」

「まっ、人生何事も経験っしょ!」

ホストたちはとりあえずノリで返答したが、

「ん?待てよ、この子制服じゃね??」

「しかもこれ碁点(ごてん)中学じゃね?」

「げ、中学生かよ!!」

鈴が中学生であることに気づき戸惑い始めた。

このホストクラブは未成年立入禁止、ひいては酒類を提供する店。

そんな場所に中学生の鈴が居ては非常にまずいのだ。


しかし、ホストたちの戸惑いは一瞬のこと。

「んなことどうでもいいっしょ、むしろチャンスじゃね?」

「そうだ、保護者呼び出して脅してやろうぜ」

「お宅の娘さんが無許可で入店・飲酒したってか?」

「万引きでもいいな、ここに大金があると思ったってことにして…ククッ」

ホストたちはすぐに鈴を利用しようと作戦を練る。

「あの、科目は理科で1時間申し込んだのですが…」

鈴はいつでも受講可能だ!!!!


「じゃ!とりま飲んじゃおっか!」

「「今日はーっ姫のーっ初☆来☆店!」」

「忘れられない夜にしようぜぇ…(イケボ風)」

「「はいフィバフィバフィーバー↑ スパスパスーパー↑ ヒメヒメヒーメー↑ ウルトラキュートゥッ!!!!!」」

謎のコールが始まり、店内のミラーボールが回り、グラスが積みに積まれる。

「えっと…さすがに塾じゃない…よね?」

ようやく状況を理解した鈴、だがもう遅い。

鈴の背中にある扉は固く閉ざされ、フルーツは盛りに盛られ、ホストの髪もよりモリモリに盛られ森抜けて林からの木。

「さーあ姫さま、ご案内しますよっ」

そう言ってホストは鈴の肩に手を回した。


そう、手を回したのだ。


「はい姫様からシャンパンタワー頂きましたー!!」

「「ありがとうございまぁーっす!!」」

うず高く積まれたグラスの頂点からシャンパンが注がれていく。

「ここで姫からひとこと!」

ふいにマイクを向けられる鈴。

「も、もえもえきゅん??」

鈴がイメージできる"姫"はこれが限界だ!!!

「はいサンキュー!かーらーのぉー!本日のー、姫のー、ナイトがー、シャンパンを〜〜」

「「く・ち・う・つ・しっ!!!」」

コンプライアンス バリバリアウトのパフォーマンスかつこの店の最高額サービス、それはホストからの飲み物口移し。すなわち有料キスだ。

ホストたちは既成事実を作るために手段を選ばない。まるでこの手口を使い慣れているかのように鈴を捕らえる。


周りには大勢のホスト、叫んでも助けなど来ない。


「それじゃ、俺がプリンセス・鈴にチューしちゃうよっ」


ホストの一人がいきなり鈴を抱きしめる。

他のホストから引き剥がすように。


「おいバカ!姫様ビックリしちゃうだろ〜??」

「んなガツガツしてちゃ嫌われちまうぞ〜?」

「はははっ!…ん?プリンセス、りん…?」

鈴はここに来てまだ名乗っていない。

先ほどまで騒いでいたホストたちは鈴と一人のホストに注目する。


一方、急に抱きしめられても全く騒がない少女・鈴。

恐怖で声が出せないのではない、今にも眠ってしまいそうなほど安心しているのだ。

その理由は……

「姫、迎えに来たよっ」

「おねーちゃん!」

姉の涼(りょう)が来たからだ!!!!!!!!!


いや、今日は兄だ!!

いつもの栗色の髪はウィッグで短くなっていて、周りに合わせて銀のスパンコールジャケットを羽織り、胸は特殊な技術で平坦にしている。

さらに持ち前の長身、美形、あまつさえ…

「今夜は…俺の家でアフターな?」

圧倒的イケボ!!!!!!!!!!!

そして姉妹だから同じ家に帰るのは当然だ!!

「うん、約束ね?」

"アフター"の意味を知らぬまま鈴は兄の言うことを全肯定する。

「はぅ…姫超えて天使…」

一瞬 姉に戻る兄。


「は?なんかよくわからんけど…裏切りぃ?」

「オーラパネェな」

「おいお前誰だよ!」

「てかイケメンじゃね?」

「この野郎、ふざけんな!」

「抱いて…」

文句にまぎれて刻むように褒められる。

あまり長居するのは色んな意味で危険だが、ホストたちの標的が鈴から自分に移ったことは涼の計画通りだ。


そして、鈴とのアフター(帰宅)を急ぐための決め手は、

「失礼します。碁点税務署です。税務調査で参りました」

「はいお邪魔しますね〜」

「「…は?」」

公務員だ。公務員しか勝たん。


こうして鈴と涼は、手つかずのシャンパンタワーをミラーボールが照らす異様な空間を去った。

「…ラスソン、歌ってけよ」

涼くんに惚れたホストは、彼の背中にそう訴えかけた。

そしてホストクラブは潰れた。

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