第16話 姉がシャトルランにやって来る

碁点(ごてん)中学校、3年1・2組合同体育の時間。

「今日は予告通り、シャトルランをしまーす」

これから、体力測定の項目の一つ:シャトルランが開催される。


シャトルランとは、20 mの距離を音源に合わせて往復して持久力を測る項目だ。

その音源というのが「ドレミファソラシド」。この音源も音階を往復する。

さらに、音源はだんだんと速くなっていく。


「例の2人組になって、先に走る人と記録する人を決めてくださーい」


あまりの過酷さに、このシャトルランがトラウマになってしまった人もいるだろう。

あの「ドレミファソラシド」の音を聞くだけで体調に異変を感じる人もいるだろう。

生徒たちの中にも、すでにそのような状態に陥っている人が何人かいる。

運動部でさえもそうだ。


「それじゃあ1回目、始めまーす!」


そんな中、鈴(りん)は、

「ぅ・・・」

もれなく体調に異変を感じていた。


(何回やっても怖いよぉ…)

鈴は小学生の時からシャトルランが苦手だ。

バスケ部でそこそこ体力はあるが、いくら走っても"終わりがない"というシャトルランの性質が鈴に恐怖を与えるのだ。


『5秒前』

しかし残酷にも、その時はやって来るのだ。

鈴はみんなとともにスタート位置につく。


『スタート』

そして、シャトルランが始まった。

たくさんの足音が体育館に鳴り響く。


『9』

「うぐぅ…」

「と、友久くん…!」

脱落者はどのタイミングで出てもおかしくない。

「鈴!友久のことは諦めろ!」

「でも!」

シャトルランにおいては、男子も女子も関係ない。

『22』

「わ、わきばら、が…」

「友里ちゃんまで…」

『30』

「くっ、足ひねった…」

「友治郎くんっ!」

次々と絶えていく足音も、鈴の恐怖を駆り立てる。

「このままじゃ、っ、みんな…」

謎のバトルロワイアル感があるが、これは競い合いではない。

全力で走る者、見切りをつけて中断する者、みんなそれぞれの目標がある。

シャトルランは自由なのだ。

「鈴…やつらの分まで頑張ろうぜ!」

「っ!うん…!」

鈴と並走しているのは隣のクラスの野球部:友我(ゆうが)。

普通にいいやつだ。


*****************************


『60』

「はっ、はっ」

ある程度走ってやめた人も多く出てきた頃、鈴はまだ走っていた。

女子で60回越えは充分いい方だ。

『61』

「くっ、はぁ…!」

それでも、頑張り屋の鈴は走り続ける。

「ペースいい感じ!次また早くなるぞ!」

隣を走る友我も鈴を励まし続ける。

『62』

「はぁっ、はっ」

限界が近づくのを感じながら、端へ、また端へと走る鈴。

体は熱く、息は上がり、足には疲労がたまっている。

「ふっ、うぅ…!」

66回目に折り返した鈴からは一筋の汗が滴り落ちた。


そう、滴り落ちたのだ。


『68』

「くそ、無機質な音源め…!」

友我はまだ余裕があるが、隣で苦しむ鈴を見て、思わずシャトルランの音源に吠える。

何かを悪者にしなければ、振り上げた拳を降ろすことができないのだ。

またバトルロワイアルみたいになっていたその時、


『70ぅと』

「え…?」

70回目のカウントにノイズが入る。

「鈴、どうした」

「いや、はぁっ、えっと…」

『ぃ71と』

「??」

まただ。

生徒と教員は、周りの足音や話し声や声援でノイズに気づいていない。

『ぃ7ぅ2』

さすがにおかしいノイズの正体は、

「はぁっ、やっぱり、っは、これって…」

『73、いもうと』

「おねえちゃん!」

鈴の姉:涼(りょう)の声だ。

はっきりとマイク越しに「いもうと」と発音した涼は、体育館の放送室から鈴を見守る。

数学の授業にやって来た時もだが、涼は鈴のために手を貸さないこともある。

鈴自身が成長するために、見守ることも必要なのだ。

『78、いもうと』

じゃあ今回はどうしてやって来た。

明らかに不要な涼だが、鈴は自信に満ちた表情をしていた。

大好きな姉の存在が恐怖を上書きして、背中を押してくれているのだ。

「はっ、頑張るよ、はっ、おねえちゃん…!」


*****************************


「きゅ~…」

キィィ『い、いもうとぉおおぉおおぉおおおおお!!!!!』ィィン

しかし、疲労はそのまま。

鈴は80回の大健闘でシャトルランを終えた。

そして涼はバレた。

ちなみに友我は152回走った。

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