第12話 姉の友だちがやってくる

羽前(はねまえ)スタジオ、撮影スペース。

「涼(りょう)さん入りまーす!」

涼はモデルのバイトをしている。今日も撮影のためにこのスタジオに来ていた。


小さいころから子役や読者モデルのスカウトはいくつか来ていた。

両親や周りも勧めていたが、涼は芸能界にもファッション業界にも興味がなかったため、断り続けていた。

大学生になってからも、都会へ通学するということもあって、より一層スカウトが来るようになった。

もちろん、涼は各事務所の誘いを断り続けていたのだが、妹の鈴(りん)に「やってみたら?」と言われたのですぐ手のひらを返して仕事を始めた。


「靴はもっと明るい色のほうがいいのでは?」

「たしかに…さすが涼さん!じゃあこっちの―――」


ジャンルはビジネスパーソン向けのファッションモデル。

スーツだけではなく、作業着やトレーニングウェアなど、幅広い職種の制服の撮影をしている。

スカウトした事務所としては、一般的なファッションモデルから始まり、各ショーに出演させて、ゆくゆくは芸能界へ進出させようと考えていた。

しかし、涼はモデルとしての幅を広げる気はないため、交渉の末にこのジャンルとなった。


「今日は夜までかかるかな…」


涼は重度のシスコンだが、仕事はキッチリこなす人間だ。


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「だからってなんでアタシが…!」

碁点(ごてん)中学校、正門。

涼の大学の同期:夏(なつ)は、スマホを片手に中学校の近くの電柱に寄りかかっていた。

「涼のやつ、いくら交通費とご飯代出すからって」

夏は、涼から鈴の護衛を頼まれていたのだ。

しかし、

『私の可愛い鈴に話しかけないでね?』

夏から鈴に話しかけてはいけないことになっている。

「これじゃ完全にストーカーじゃねーか!!」

"シスコンの姉の友人はストーカー"という綺麗な設定が完成してしまった。


「あ」

正門から、栗色ポニーテールの小さな女の子が出てきた。

夏は涼からもらった画像で本人確認をする。

(あの子で間違いないな、涼に似てるし。てか涼の髪、あれ地毛だったんだな)

正門を出た鈴は、他の生徒とは反対方向の田んぼ道へ向かって歩き出した。

夏も涼に連絡後、そのあとに続く。


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(あぁ…女でよかった)

人も車もほとんど通らない田んぼ道を、2人が距離をとって歩いている。

隠れるものがないため、夏は名実ともにストーカーとなったわけだ。


『鈴は天然でおっちょこちょいなところあるから、気を付けて見てやって』

「・・・」

夏は涼からそう言われて今ここにいる。

しかし、鈴は振り向くこともなく、まっすぐと家に向かって歩いている。

『転びそうになったり、』

「・・・」

『誘拐されそうになったり、』

「・・・」

『ストーカーに遭ったり、』

(それは今の私だ)

『猫さんなんか見たら、日が暮れるまで絶対帰らないぞ!』

ニャー

「・・・」

鈴の目の前に猫が現れたが、彼女は一瞥もせずに歩く。

(もしかして、あれは鈴ちゃんじゃない?)

前を歩く少女の行動が、常時耳にする鈴の情報と全く異なるので、夏は疑い始める。

しかし、

「・・・」

栗色の髪の毛、白い肌、不意に見える整った顔。

その完璧な容姿は、涼を初めて見た時と同じ印象を与えていた。


********************************


(あ、家着いたか)

自然の中に大きな家が1つ。

鈴がその家の中に入っていった。

これで夏の任務は終了だ。

「結局なんも起きなかったじゃねーか」

受け取った交通費を手に、歩いてきた田んぼ道をたどって帰ろうとしたとき、

上から視線を感じた。

「え」

涼の家の2階を見ると、こちらに向かって笑いかける少女がいた。

小さい手をぶんぶん振っている。

「こ、れは…」

夏は鈴と初対面。

涼も、夏のことを鈴に話したことはない。

だとしたら、鈴は今、見ず知らずのストーカーに満面の笑みで手を振っていることになる。

(ストーカーにいつもこんな対応してんのか…?)

夏は苦笑いしながら手を振り、その場を去る。

同時に、鈴の笑顔にやられていた。

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