第25話 6月6日(日)コラボカフェ3

「あれ? この曲って」


「内探のオープニングだよな?」


 この4人の中でも恐らく1番のヘビーリスナーである真実まみが真っ先に気付いた。


店内BGMが先日の内探に切り替わる。ラブマスターはたくさんの声優さんが関わっているけど今日はあずみんのライブがある日。

 ざっと店内を見渡しても小雪ちゃんのグッズだったり真実まみみたいに今日のライブグッズを見に付けている人が多い。


 これからライブに行く人が多いのを見越して士気を高めるために直近の番組を流してくれているようだ。


―ラジオネーム・スノー原さんからいただきました。ありがとう。あずみん、こんばんは。こんばんは。わたしは運良くライブチケットを2枚手に入れることができました。幼馴染を誘えたらいいなと思っているのですが勇気が出ません。どうすればいいですか?


「そう言えばスノー原さんも幼馴染がいる人だよな。いやあ、まさか米倉よねくらと天海さん以外に幼馴染関係が存在するなんてな」


「いや存在はするだろ。声優ラジオ界に集まりすぎてる感はあるけどな」


「にひひ。そんな貴重な幼馴染を捨てたこと後悔するといいわ。はい、岸田きしだくん口を開けて」


「ん? ほう?」


 言われるがままに岸田きしだは大きく口を開く。返事だってろくにできていない。

 そして、口を開ける方に命じた真実まみの手にはスプーンが握られている。


 こいつのやりたいことはわかりやすかった。

 もしその行為をあかりんがしていたら僕は嫉妬の炎に焼き尽くされていただろう。


 でも真実まみ岸田きしだの組み合わせならむしろ喜ばしいカップル誕生だ。


「はい、あ~ん」


「ん~。んまい」


 なんのためらいもなくコーヒーゼリーを口に運ぶ真実まみと、恥じることなくそれを受け止める岸田きしだ


 実はすでに付き合っていて何度もあ~んも経験していると言われたら納得するくらいの滑らかさだ。


―この放送が流れてる時はもうライブ直前だよね。どうかな。もう誘えてるのかな。もしまだだったら、絶対に後悔させないライブだって内田杏美が豪語してたって言ってみて。本当にそういうライブにするから。スノー原ちゃんの恋もだけど、それを抜きにしても絶対に良いライブになるからいろんな人に見てほしい。


 すでに1度は聴いた放送のはずなのに、あずみんの熱い言葉に僕らだけでなく店内にいる全員が耳を傾けている。


 みんながみんなライブの参加者ではないのに、それくらい人を惹きつける熱の入った言葉だった。


「あぁ、やっぱりあずみんって素敵。良かったわね音弥おとや優希ゆきちゃんに誘ってもらえて。あずみんがここまで言うライブに参加できるんだから」


「うん。本当にありがとう春原すのはらさん」


 僕は深々と頭を下げた。


「ううん。気にしないで。感謝ならむしろチケットを譲ってくれたお仕事関係の人に」


「お父さんにもよろしくお伝えください」


「お、お父さん!?」


「え? だってお父さんの仕事の関係でチケットが手に入ったんでしょ?」


「あ……えー、そ、そうだね。そうなの! ありがとうお父さん!」


 祈るように天を仰ぎ感謝する姿はまるで天使のようであり、天に召された父親にメッセージを送っているようでもあった。


―最終手段はあれね。色仕掛け。幼馴染の女の部分を知ったら男なんてイチコロよ。え? それはさすがにNG? でも幼馴染から恋人になるにはそれくらいのことをしないと無理ですよ。あと恋人になったら……って、さすがに生々しいですね。ライブに来てくれる人が減っちゃう。


「んふふ。あずみんのトークってこの落差が本当におもしろい」


「でしょでしょ? 岸田きしだくんわかってるじゃない」


 あ~んして食べさせるというとんでもない羞恥プレイをさらっとこなした二人はあずみんのトークに感心していた。

 僕と岸田きしだ、どちらが真実まみの彼氏かと問うたらほとんどの人が岸田きしだを選ぶくらいには自然体で仲良く見える。


「ところでだ」


「うん? 二人の世界に割り込むほど僕は野暮じゃないぞ」


 せっかくの良い雰囲気を岸田きしだが壊してしまった。


米倉よねくらっていう幼馴染を一途に想い続けてるからみんな遠慮してるだけで天海さんの人気は高いぞ?」


「引く手あまたなのか。じゃあ僕があかりん(フローラ)を選んでも独身ビアンカにはならないってことだな。安心した」


「そこは幼馴染ビアンカを選ぶところじゃないの!?」


「僕はイオナズンが欲しいタイプなんだよ」


 幼馴染かお金持ちのお嬢様か、何度もリメイクされている名作RPGはゲーム好きな友達の間では最もわかりやすい比喩なので助かる。


 ちなみに幼馴染に対して素直になれないからではなく僕は本当にイオナズンに魅力を感じているのでお嬢様フローラを選ぶ。子供の髪が青色になるのもポイントだったりする。


米倉よねくらくん口を開けて」


 若干放置気味にしてしまった春原すのはらさんがムスッとした表情で僕に命じた。

 そのまま口を開けて黙っていろという意味ではなく、それはきっと真実まみ岸田きしだにしたことを同じことをするという合図であり、きっと僕に拒否権はない。


 チケットを譲ってもらう立場上、春原すのはらさんの要望には可能な限り応えなければならない気がする。


「にひひ。よかったじゃない音弥おとや優希ゆきちゃんが食べさせてくれるって」


「うっせ。一応席はテーブルは別々なんだからそっちはそっちで楽しんどけ」


「言われなくても。次は岸田きしだくんが食べさせて」


「んふふ。女の子の口に突っ込むのはちょっと興奮するかも」


「おい岸田きしだ


「ん~? 幼馴染の口に他の男が突っ込むのはやっぱり気になっちゃう? 場所変わろうか?」


「いや、なんでもない。ちょっと表現が卑猥だから逮捕だけはされるなよって思っただけだ」


米倉よねくらは友達想いだなあ」


 岸田きしだ真実まみがどんなプレイに興じようが僕には関係ない。ただし、あまり卑猥なことな人目が付かないところでやってほしい。僕の願いはそれだけであって二人の仲が深まるのは歓迎だ。


「もう! どうしてわたしを見てくれないの」


「っ!?」


 反射的に声がした方を振り向いてしまった。それは僕だけでなく隣に座る岸田きしだとはす向かいの真実まみも同じだった。


 もちろん僕に声を掛けたのは春原すのはらさんだ。

 その春原すのはらさんからとてつもなく春町あかりに似た声が発せられた。


 前から声が似ていると思ってはいたけど、間違いなく今の声は春町あかりの嫉妬ボイスだ。


 近くの席の他の人達もちょっとざわついているのが似ている証拠だと言ってもいい。


「え、え? どうしたの?」


「ごめん。あかりんの声にあまりにも似てたから。な?」


「うん。優希ゆきちゃんの今の声、完全にあかりんだった。モノマネ動画をアップしたら絶対バズるよ!」


「そういうのは恥ずかしいかな……」


 耳まで赤くして伏し目がちになる春原すのはらさん。

 その姿はいつでも自信に溢れるあかりんとはかけ離れているし、まさか同じ教室であかりんが勉強しているはずがない。


 あくまでもすごく似ているだけで春町あかりではないと自分に言い聞かせる。


「と、とにかく米倉よねくらくん口を開けて。はい。あ~ん」


「あ、あ~ん」


 言われるがままに口を開けた。

 歯医者以外で他人様に口の中を見られるのは謎の恥ずかしさがあり体温が上がる。


「私が食べさせてあげるんだから感謝して味わいなさい」


 またしてもあかりんに似た声で、しかも今度は強気なスノーホワイトみたいなセリフと来たもんだ。

 目の前にいるのが別人だとわかっていてもオタクの心は勝手に踊ってしまう。


「まさか優希ゆきちゃんにこんな特技があったなんて」


「声優ファンにしか伝わらないけどね。でもこれは本当にすごいクオリティだ。あかりんが風邪を引いた時に代役もできそう」


「そ、そんなことはない。ほら、声は似てても演技力が。ね?」


 慌てふためきながら必死に弁明する姿は春町あかりとは全く重ならない。

 それに髪型だって全然違う。

 

 あかりんは長いサイドテールが特徴的だ。春原すのはらさんの髪の長さでは絶対にマネができない。

 髪型だけなら真実まみの方が似ているくらいだ。


 つまり真実まみ春原すのはらさんが融合したらあかりんに……?


 そんなバカな発想が浮かんだけど、コーヒーゼリーの苦みがすぐにそれを打ち消してくれた。


―それでみなさんライブでお会いしましょう。感想メールたくさん送ってね。あとあと、カップル誕生したら報告してくれると嬉しいです。私のライブがきっかけで付き合って結婚までこぎつけたら結婚式に司会で呼んでください。


 ライブ前で緊張しているのに最後までぶっ飛んだジョークを欠かさない。あずみんのプロ意識の高さに改めて感心しながらゼリーを飲み込んだ。


 声優さんの声を聴きながら食べると一段と美味しくなる。そう、これはきっとあずみん効果だ。


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