第6話 5月17日(月)

「んふふふふ」


「なんだよ気持ち悪い」


「失敬な。俺は幸せを噛み締めていただけなのに」


 本来なちょっと憂鬱な週の初めの月曜日。しかし岸田きしだだけは毎週ちょっと気持ち悪い。今週は特に酷いけど理由はあれしかない。

 自分の中で答えは出ているけど一応聞いてやる。その喜びは僕もよーく理解しているものだから。


「先週のいた天か?」


「うむ。りっくん。良い響きであった。すまんな。俺とるいたんのイチャイチャを聞かせてしまって」


「別にイチャイチャはしてないだろ。でもあれはよかったぞ。後輩くんってやつ」


 18歳なのに20年以上も活躍しているだけあってその演技力はやはり心に響くものがある。声優さんの基本は声の演技だ。好きなタイプの声とか演じるキャラの性格とかいろいろ条件はあるにしても、それを支えるのは演技力だと思う。


 アニメや吹替の仕事があって、その声を活かす延長線上にラジオやライブ活動があってほしいというのが僕なりの声優論だ。


「そうだろうそうだろう。るいたんの後輩になれるのは後から生まれた者の特権なのだよ」


「来年は同級生で再来年は僕達が先輩だもんな」


「後輩くんでいられるうちに推しておかないともったいないと感じなかったか?」


「すまない岸田きしだ。一瞬だけ心が揺らいだのはたしかだ。でもな、今の僕はあかりん一筋なんだ」


 バサッ!


「あ、落としたよ春原すのはらさん」


 春原すのはらさんはいつも一人で読書している。必要な時は適度にクラスメイトと話してるっぽいからイジメられてる訳ではなさそうだ。


 勝手なイメージだけどアニメとか好きそうな感じがするので、もし趣味が合えば真実まみと仲良くなれそうな気がする。


 同じクラスなら真実まみからウザ絡みしそうだけど、残念ながら別のクラスなのでその可能性は低い。


 僕も女子とどういうきっかけで会話を弾ませればいいかわからないので、隣の席でたまに落とし物を拾う程度の関係に留まっている。


「ありがとうございます」


 拾った本を机の上に置くと春原すのはらさんは小さくお礼を言った。

 ほとんど喋らないので知られてないけど、透き通った声質はとても耳障りがよくボリュームは小さいのにしっかりと伝わってくる。


 本人の意識が前向きになれば声優になれるポテンシャルを秘めてるんじゃないかと密かに睨んでいる。


「いいか米原よねはら。愛があれば年齢なんて乗り越えられる。少なくとも二次元よりかは現実的だ」


「そう言われるとそんな気がしてくるから不思議だ」


「だろ? それに春町あかりはまだ若い。どこかの高校で普通に青春してるかもしれない」


「あー、そんな話を前にもしたな。だけど僕はあかりんを信じてる。僕を待っててくれるって」


「……俺と米原よねはら、どっちもどっちだな」


 年齢がどうとか以前にまず女性声優との接点がラジオ番組へのメールくらいしかない。あとは事務所にファンレターを送るとか一方通行の関係だ。


 メールが読まれた瞬間は運命を感じるのに、ふと冷静になった時に現実を突き付けられる。僕と岸田きしだはこんなやり取りを繰り返す青春を送っていた。


「にひひ。ガチ恋してた推し声優が突然ご報告した時みたいな顔してんじゃん」


「おう真実まみ。珍しいな。教室に来るなんて」


「天海さん、久しぶり」


「久しぶり岸田きしだくん。あ、この前のいた天聞いたよ。堀川ほりかわ瑠衣るいってトークもおもしろいんだね」


「っ! 天海さんはるいたんの良さをわかってくれるんだね!」


「ああ、でもアタシはあずみんみたいな女の子を目標にしてるから」


「うおおおおお高校生にはるいたんの魅力が理解できないのかあああ!!」


岸田きしだも高校生だろ」


 あと堀川ほりかわ瑠衣るいさん18歳さんも年齢的には高校生なんじゃないか。知らんけど。


「で、わざわざどうしたんだ」


 一年生の時は真実まみと同じクラスだったので僕らが幼馴染というのは結構知られている。幼馴染と認知した上で僕らをカップル扱いする勢力もあった。


 進級してからはクラスが別れてそういう声は聞こえなくなったので、誤解がこのまま消滅するように校内ではあまり一緒にいないようにお互いに気を遣っている。


「にひひ。これ見てよ」


 一応校内では使用が禁止されているスマホの画面を嬉しそうに見せつけてきた。

 画面には『魔法少女役の新人声優がラジオをやるフラグ』の公式ホームページが表示されている。


「ホームページがどうかしたのか?」


「よく見て。ここ、ここ」


「んー? え? マジ?」


 隔週更新なので今週は番組の更新はない。いつもお知らせがあれば配信週だ。

 それが今回は例外的に、それこそサプライズで新情報が公開されていた。


「公開録音開催決定。次回更新の番組内で一組二名様をご招待」


 情報が現実のものであることを確認するために僕は声に出して読み上げていた。


「なあ、これって二人しか参加できないの?」


「そんなことは……うん、ないな。一組二名様は無料招待で、あとは抽選で当たった人がチケットを買えるらしい」


「そういうことか。まあ新人の番組なら全当なんじゃないか。いた天の公開録音なんて2000人規模のホールでも激戦で、しかもライブまでやって……何人のファンが血の涙を飲んだことか」


堀川ほりかわさんは業界にもファンがいるくらいだもんな」


「そそ。あずみんなんか個人的に応募して当選して、一人のオタクとして参加してたもん。ラジオで感想を話してるの、本当に嬉しそうだったなあ」


 内田うちだ杏美あずみさんがいた天の公開録音に当選した当初は、

 

業界人なんだから関係者席に行けよ。

 どうせコネで当てたんだろ。


 みたいな否定的なコメントもあった。それが自身のラジオで感想を語ってからは


 あずみんが当選して良かった。

 俺が落選したことであずみんに席を用意できた。実質俺からのプレゼントな。

 声優業界はこうして後世に繋がっていくんだなあ。


 など熱い手のひら返しが起きた。

 それくらい内田うちだ杏美あずみにとって堀川ほりかわ瑠衣るいという声優の存在は大きいものなのだ。


「全然関係ない番組の、それもゲストじゃなくてファンとして参加した公開録音の感想を語るなんて伝説になるよね。スタッフさんもあずみんの愛を知ってたんだと思う」


「いた天に励まされて声優への道を諦めなかったって言ってたもんな。いた天がなかったら内田うちだ杏美あずみという声優は存在しなかった」


「だからちょっと嫉妬してたんだよね。アタシ、女だからあずみんにも名前を憶えてもらってるけど、それ以上の存在の女がいるんだって」


「うわ、こわっ」


 僕のあかりんに対する恋心を小バカにしてたけど真実まみの愛も大概じゃないか。同性に対してそれだけの愛を捧げられるのは素直にすごいとは思うけど。


「だからね、アタシは絶対に公開録音に参加したいの」


「え? どういうこと? あかりんの番組だぞ」


 真実まみがあずみんのことが大好きなのはよーく伝わった。そこからあかりんの公開録音に参加したいに繋がるのは現国が得意な僕にも理解できなかった。


「ここよ。ここ。ゲストのとこ」


「ああ、そういう。って、ダブル主演が揃う神回になるじゃないか!」


「にひひ。でしょ? 音弥も参加したくなったんじゃない」


「行きたい! 絶対!」


 円盤の売り上げはイマイチだったみたいだけど、作画崩壊に目を瞑れば素晴らしい作品なんだ。

 そのダブル主人公が揃ってラジオをするなんて夢のような時間だ。


 チケット代もそこまで高くないからどうにかなりそうだし、定期が使えるから交通費もそんなにかからない。


「当たるといいなあ」


「なに言ってるの。アタシか音弥が来週の放送で招待されればいいのよ」


「どこから出てくるんだよその自信は」


 今までのメール採用の傾向から考えると収録は更新9日前の日曜日。つまり昨日やっていて、来週の更新に向けて編集しているはず。

 だから次回更新の抽選は純粋にあかりんファンが招待される。


 このチャンスを逃してしまうと、あかりんファンだけでなくあずみんファンともチケット争奪戦をしなくてはならない。


「音弥、今日から毎日お祈りするわよ」


「誰にだよ」


「えーっと、声優ラジオの神様?」


「よしっ! それで当たるなら安いもんだ。お願いします声優ラジオの神様」


 さすがに教室で土下座はできないので机に突っ伏す形で祈りを捧げた。

 真実まみ岸田きしだに対するある種のウケを狙ったパフォーマンスみたいなものだ。


「んふふ。18歳教を信じれば当選率が上がるらしいよ」


「いや、お前ハズれてるじゃん。それとも信仰心が足りなかったの?」


「うるさいうるさい。リアル幼馴染がいるやつはそっちを大切にしろ」


「さすが岸田きしだくん。良いこと言うね」


真実まみ、お前も僕を大切にするんだぞ?」


 岸田きしだの幼馴染いじりは不思議とイヤじゃない。むしろ会話のアクセントになってちょうどいいくらいだ。

 

 ちょっと気になって春原すのはらさんの横顔を見ると、なんとなく口角が上がっている気がした。


 もし僕らの会話が耳に入って笑ってくれたのだとすれば、ぜひこの輪に加わってほしい。なんとなく、アニメや声優に詳しいオーラが出てるんだよなあ。

 何かきっかけやチャンスが巡ってこないものか、改めて考えてみよう。

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