第25話 到着

「ご安心を」


「「あれ……?」」


 想定していた衝撃はなかった。

 代わりに、相変わらずの呑気な声でおしゃべりが続けられる。


「私、着地はうまいんです。猫ですから。たとえ背中にバターを塗っていても安全に着地いたします。それに、その籠の中は特殊な防御魔法がかけられていて、ほとんどの衝撃は吸収されるようになっておりますゆえ」


「そういうことは……」


「早く言ってよ!」


 本気で怖がっていた夫婦は、顔を真っ赤にして怒る。


「すみません。私口下手なものですから、大事なことを伝え忘れてしまうんです。日頃からうっかりしないように気を付けているのですが、つい。先日もお客様を乗せた際に窓を開けっぱなしにしておりまして、危うく……」


 本当に口下手か、こいつ?

 余計なおしゃべりしすぎて、忘れてるだけなんじゃ……?


「俺もそう思う」


 まあ、とりあえず危険はなさそうだ。

 長話はまだ終わりそうにもないから、到着するまで寝てたらどうだ、ブレサル?


「うん、そうしようかな……。お母さんー」


「あら、どうしたの? 眠たいならお母さんのお膝で寝ていいわよ」


「むにゃ……」


 ブレサル、ひざまくらとは羨ましいな!


――――――――――


 チリリーン。


 そんな音が鳴った。

 心地いい鈴の音だ。


「お客様、到着いたしました」


「ん、ああ……」


「ふわぁ……」


「着いたの?」


 家族三人が寝てしまってから、どれくらい経っただろうか。

 気づけば午前中に出発したのに、もう空は夕陽で赤くなっていた。

 相当な距離を移動してきたようだ。


「ここって……」


「はい、我らが故郷猫の国でございます」


 寝ぼけ眼の三人は目をこすりながら、外を眺める。

 すると、そこには……。


「わぁ……! すごい!」


「あんな建物初めて見た!」


 窓の外に広がっていたのは、大小さまざまな建物だ。

 今まで彼らが旅をしてきた町とは違い、いろいろな様式の建物が入り混じっている。

 向こうでは中華風の塔が建っているし、こっちでは和風の木造建築の家が。

 遠くには大きな洋館もある。


「ここ猫の国はあらゆる時代や場所の猫が集う場所、文化が集まるグローバルな国なのです」


 と、みんなが未知の建物に感動しているときだ。


「おーーーい!」


 なにやら下の方から誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。

 その声は、さらに大きくなる。


「ワシのかわいい孫よ、出ておいでー!」


 孫を呼んでいる。

 迷子でも探しているのだろうか。


「私達のことかしら?」


「人違いじゃないか?」


 佐藤が人違い、と口に出した瞬間の出来事だった。

 風が吹いたかと思えば、目の前に黒猫が一匹現れた。

 そいつはジッとこちらを見つめている。


「んなわけあるか」


 聞き慣れない低い声が。

 気のせいだろうか、猫から聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る