第12話 犠牲者二人目:クソ眼鏡、夜の山賊団に菊が散る 前編


 サイド:リチャード



「ハァっ、ハァっ、ハァっ……」


 切れる息。


 弾む鼓動。


 圧倒的な実力差は明白――私たちにはただただ逃げることしか……できません。


 そして、私たちを追うのは黒い影です。


 と、そこで――闇夜に悲鳴が響き渡ります。



「ギャあああああっ!」


 これで……また一人。


 第5階梯の二人がやられ、28人の山賊団と共に逃走を始めた私ですが……奴は中々に残忍な性格をしているようです。


 やろうと思えば、奴にとっては全員を瞬く間に無力化することは簡単でしょう。


 けれど……奴はウサギ狩りのように、逃げる集団から一人一人をゆっくりと、少しずつ――けれど確実に数を間引いていきます。



「グっ!」


「アアアアアアアっ!」


「ぎゃああああああ!」


 断続的に聞こえてくる悲鳴。


 一人、また一人と減っていく山賊たち……残りは10名を切っているでしょうか。


 何故、奴がこんな回りくどいをするのか?

 

 答えは簡単です、奴は私に最大限の恐怖を与えたいのでしょう。


 今の奴は完全なる復讐者(アヴェンジャー)なのですから……。


 そして、実際に私は今、恐怖を感じています。


 暗黒街の裏ギルドの総元締めである父を持ち、裏社会では肩を切って歩くこの私が……です。


 けれど、その復讐……恐怖心を与えたいというその心が奴の隙なのです。


 そうなのです。


 私たちはただ闇雲に逃げているわけではありません。この先の山賊団のアジトには――



 ――第7階梯下位のSランク賞金首がいるのですっ!



 いかに奴といえど、山賊団の団長にかかれば朝飯前で殺されるでしょう。


 山賊団の団長は第7階梯下位の魔法を扱う、元超エリート魔導士なのです。


 裏社会でも有数の戦闘能力保持者であり、いかに奴と言えども……。


 しかし、本当に失敗でした。


 依頼報酬をケチって下っ端ばかり連れてきたからこういうことになるのです。


 これは私も猛省しなければ……と、そこでようやく森の樹木が切れ、視界に山賊団のアジトがある洞窟が見えました。


「見えました! ようやくです! ようやくアジトが見えましたっ!」


 喜びのあまりに私は周囲に向けて大声で喜びの報を伝えようとしたのですが――


「……あれ?」


 周囲にいたはずの山賊たちの姿が見えません。


「全滅……している?」


 背中に冷や汗が走り、私は全速力で走り続けます。


 せっかくアジトが見えたのに、到着する前に……奴に倒されてしまっては何の意味もありません。


 そうして10秒程度を走り、私はアジトの洞窟の入口に辿り着いたのです。


「……おかしいな?」


 いつもなら見張りが立っているはずですが、今日は誰もいません。


 今日の宴会は盛大なものと言っていたので、見張りも参加しているのでしょうか?


 と、その時――。


 私の後ろから、クラウスが「おい」と呼びかけてきました。


「ふふ、どうやら形勢逆転のようですね――貴方の負けです」


「ふむ。余の負けとな?」


「さっき言ったとおりにこのアジトには第7階梯のS級賞金首がいるのです」


「……それで?」


「そして、ここまでくれば……最悪、ここから叫ぶだけで人は駆けつけますっ!」


 恐怖から解放されたのもあって、腹の底からの愉悦が湧き上がります。


「はは、ふははっ! 詰んでいるのですよ貴方はね! もう許しませんよ!? 泣いても叫んでも容赦しませんよ!? 山賊団の団長であれば――」


 と、そこでクラウスは「やれやれだ」とばかりに肩をすくめました。


「その団長とやらはソレのことか?」


 暗がりの洞窟内。


 クラウスの指さす方向に目を凝らしてみると――そこには地面に突っ伏し、横たわる団長の姿がありました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る