第4話 男女平等パンチです。ちなみに、他の連中は男なので大変なことになります。

 

 拝借させてもらった肉体に回復魔法を施した余は、当たり前のことながら狼共を余裕で蹴散らした。


 そして学生寮の少年の部屋に戻ったのだが……。

 あまりのことに余はこう呟いてしまったのだ。


「何だこの部屋は……余が住まう部屋にしてはあまりにも殺風景すぎる」


 生活感がないと言えば聞こえが良い。

 が、クラウス少年の寮の部屋は、あまりにもモノが少なすぎた。


 私服もボロが数枚ある程度で、制服からして所々がほころびて補修されている有様だ。


 クラウス少年は金が無かったのだろうか?


 脳に残る記憶をたどるに……どうやら実家からの仕送りはなかったようだな。


 それにしても、奨学金で生活に困らない程度には金を貰っていたはずだが……。


 ふむふむ、なるほど。

 

 アドルフとやらの財布にされ、ことあるごとに生活費をタカられていたらしいな。


「しかし……寮の部屋の狭さは別として、これでは魔王の住まう部屋としてはあまりにもいかんな」


 使用人や美術品や魔導具に囲まれた部屋……とまではいかんが、せめて赤絨毯と玉座……それと玉座を覆うヴェール程度は欲しいものだと、余は深く溜息をついた。


 と、それはさておき――。


 少年の記憶を辿るに、現在のこの世界はイザベラを含む12柱の神装魔帝なるモノに支配されているらしい。


 魔族の寿命は長い。

 400年後の世界でイザベラが生きていることは……まあ、当たり前の話だろう。


「しかし、いかん。体が慣れていないのもあるが……元々の体が脆弱すぎる。ふむ……余の力を加算しても、現在の余の魔導士としての実力は第7階梯といったところか」


 これは宮廷魔術師程度の力であり、学生レベルでは十分とはいえるが……。


 11階梯のイザベラ……否、神装機神を装備し、14階梯に達した奴と対峙するにはあまりにも時期尚早といったところか。


「ふふ、今の状況で復活が知られれば、瞬く間にイザベラに殺されてしまうな。まずは……目立たずに全盛期の力を取り戻すことが責務だ」


 そうして余は、障害であるはずのイザベラの存命に歓喜の笑みを浮かべた。



 ――同じ装備であれば、余は奴には決して負けぬ。よもや、意趣返しの機会が与えられるとは……


 オマケに、少年は神装機神の搭乗者の養成機関に所属している。



「これを僥倖と呼ばずになんという?」



 そうして余は、安物のベッドに入って眠りについたのだった。


 





 翌日――。

 今日は土曜日のため、学院は休みだ。


 と、いうことで余は、クラウス少年の部屋を少しでも魔王の部屋にふさわしいものにすべく、街へと買い出しに向かおうとしていた。


 やはり、魔王たるもの……威厳は必要だ。


 必然的に、部屋の内装を含めてオシャレには気を使わなくてはならん。


 今は力を取り戻すことに専決しなければならんのだが、どうにもあの殺風景な部屋では何もやる気はせんからな。


 そう……余は『形から入る俗っぽいタイプ』なのだ。


 ちなみに、昔は魔界のファッションリーダーとして常闇の森の魔女どもは……いつも余の新作の服装でキャーキャー言っておったな。


 ということで、まずは【武装修復】の魔法でクラウス少年の私服を補修し、【武装収納】の魔法でかつての武装のいくつかを装飾に施した余は、身支度を終えて校舎に向かうために中庭を歩いていたのだ。


『おいおい、休みだってのにクラウスがまた何かやらさせられているぞ』


『マントだよマント……真っ赤なマントと漆黒の手袋を着込んでるよ』


『死王のマントのレプリカって……アドルフも無茶苦茶させるぜ』


『ってか、みすぼらしい私服の上にあんなド派手なマントって……』


 ふむ。


 これが死王――つまりは冥界の王のマントであるとわかるとは、どうにも下々の者たちにも余のセンスが分かる奴がいるようだな。


 まあ、レプリカではなく無論、本物なのだが。

 ちなみに、武装収納魔法で取り出せるのは今の余の階梯では死王のマントと覇王の手袋が限界だった。


 と、そこでアドルフと、その腰巾着の中で一番下っ端のカリーナという女が語りかけてきた。


「おお、クラウスじゃねーか生きてたのか!」


「……ふむ?」


「いやあさ、良く考えたら明日はクラスの全員の前での模擬戦で……俺がお前を大衆の面前でボコボコにする日じゃねーか」


「……」


「へへ、そんなビッグイベントの前でお前が死んじまうなんて、よくよく考えたら楽しくないだろ?」


 そうしてアドルフは余に肩をポンポンと叩き、柔和な笑みでこう言った。


「俺様はメインディッシュは最後に頂くタチだ。今日はイジメないでおいてやるから、明日は盛大にみんなの前で泣き叫んでくれよな」


 そのままアドルフはガハハと笑って「いやあー、クラウスが生きててよかった」と上機嫌に去っていった。


 そして、アドルフが去るのを確認してから、カリーナはニヤリと笑って余にこう切り出してきた。


「いやさ、ウチは本当にアンタさんが生きてて良かったと思ってるねんで?」


「実際問題、アイツ等無茶苦茶さかいな。アンタが死んだらイジメの矛先がどこに向かうかもわからんわけやん?」


「……」


「まさかとは思うけど、女のウチにまで来る可能性もあるわけやん? まあ、連中と一緒におる時間は長いワケやし」


「……ならば貴様は連中と一緒にいなければ良いのではないか?」


「はは、アンタ冗談ばっかやな。ウチは連中とつるんどるから女連中の前でデカい顔できるわけやんか。あ、それで勘違いしてほしくないねんけど、ウチは連中のご機嫌取りで股開いとるわけちゃうで? 実家が商会で金持ちやさかい、連中の遊興費へのちょっとした投資で今の地位を築いとるわけな」


「……なるほどな。貴様がどういう人間かは大体わかった」


「しかしアンタ……どうしたんや? ウチのことを『貴様』って……」


「はてな?」と小首を傾げながら、カリーナは「まあいっか」と気を取り直したように、余の腹にボディブローを入れてきた。


 無論、余はノーダメージだ。


 しかし、こいつは……クラウス少年が意識を失った際、確かに「アカンって! マジアカンって!」と騒いでいたな。

 良い言い方をすれば、少年を気遣っていた……ともとれるか。

 まあ、理由はロクでもないものだが、それでもあの時の焦った表情は本物であり、本当に命を取るのはやりすぎだと……そう気遣っていたのもあるのだろう。


 しかし、少年の願いもある。

 他の者は酷い目に遭わせる予定だが、こいつについてはどうしようか。


「……それで貴様は余に何の用なのだ?」


 と、そこでカリーナは満足げに大きく頷いた。


「ところで、アンタ……今、金持っとる?」


「……ふむ?」


「いやあ、ウチってばさ、今……金欠気味でな」


「……うぬ? 貴様は金持ちの娘ではないのか?」


「いやー、ちょっと小遣いでの予算オーバーの買い物をしたさかいな」


 そうしてカリーナは上着を脱いで、その下に着込んでいる真っ赤なボディースーツを余に見せてきたのだ。


「へへ、ウチの搭乗者武装(ボディスーツ)や」


 記憶を辿るに、神装機神に登場する際の正装……ということらしいな。


「これは軍でも採用されている最新型でな。裏のルートでオークションで仕入れたんやけど、ちょっと予算が……な。それで今月ピンチなんよ」


「なるほど。それで余に貴様の財布になれと?」


「そういうことや。ちょっと貸してくれるだけでかまへんし、ウチは連中と違ってちゃんと返すで? ってかコレ見てくれんか? 最新式の耐衝撃、耐魔法モデルでな、例え象に踏まれても傷一つつかない優れモノなんや! オマケにシャレオツときたもんやでしかし」


「金を貸すのは断る」


「……え?」


「余はこれから部屋の内装補修をしなければならんのだ。そのような金は断じてない」


 その言葉でカリーナは顔を真っ赤にして、余の胸倉を掴んできた。


「さっきから変な服装と変な喋り方で……とうとう頭がイカれてしまったんかいなッ!? ウチを女やと思って舐めとったらイテこますでっ! これから2年間、アンタはウチ等のオモチャでずっと仲良しやさかい――この機会に教育したるわっ!」


 そうしてカリーナは大きく拳を振り上げ、余の顔面目がけて殴りつけてきた。


 ――遅い


 あまりにも遅く、それが打撃だと気づくまで、0.5秒を要したほどだ。


 そして、仕方がないので余は右手の拳に魔力を込め始めた。そして――


「学生レベルではこの程度が適切だろう」


 カリーナの胴に放たれたのは、余のボディブロー。


 直撃を受けたカリーナは派手に吹っ飛び、中庭の向こう側の建物の壁まで一直線にすっ飛んでいく。


 吹っ飛んだのは15メートル……といったところか。


 学生同士のケンカとしては、いささか……目立たずにし過ぎたようだ。


 前回の魔王に転生した際、学生同士のケンカでは数十メートル人間が吹っ飛んでいくのは日常茶飯事だったからな。


 ちなみに、余は女を殴ることに抵抗はない。


 いや、正確に言うのであれば、軍籍に身を置いている女を殴ることを……だが。


 そう、余は男女平等……戦場におけるジェンダーフリーを推奨とする先進的な魔王なのだ。


 ――差別は良くない。断じて良くない。

 

 と、そうして余は壁にメリこんでピクピクしているカリーナにこう尋ねた。


「喜べ。貴様を――余の物資調達要員として側近に取り立ててやる」


 壁にメリこんだカリーナからの回答はない。


 よもや……この程度の攻撃で戦闘不能だと?

 確かに……余は目立たないように学生向けに手加減をしたのだが?


「まあ良い。ともかく物資調達要員に任命したからな。貴様の望み通りにこれより先2年間は余の側に置くことを許してやろう」


 そして余は、カリーナの懐から寮の部屋の鍵を取り出した。


 そうしてカリーナの部屋に向かい、宝石やら≪家宝っぽい指輪≫やらの金目の物を運び出し、質屋に入れて上質の赤絨毯を仕入れたのだった。

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